Time Traveller

Welcome to the Monologue of Woodpecker!

私のひとり言のページです。

My monologue Part 4

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69 ネアンデルタール人の脳について。   2020.4.26
70 「新版 日本人になった祖先たち」を読んで。   2020.4.28
71 ミャンマー人と日本人の似ているところ。Similarity between Myanmar and Japanese peoples.    2020.4.29
72 福島原発処理水(トリチウム未処理水)の海洋投棄について考える。    2021.4.17
73 プリンタインクの買い替えに際して思ったこと。    2022.12.5
74 IRRI同窓会の皆様へ近況報告。    2022.12.9
75 ミャンマー軍事クーデターから2年。Two years have passed since the military coup in Myanmar.    2023.2.1
76 資源という言葉について。What is the meaning of the word, "Resource"?    2023.2.9
77 「アイヌの世界に生きる」を読んで。After reading a book on the life of Ainu people.    2023.2.15
78 北海道・十勝の土地に根ざした教育者---
菊地晃二先生のご逝去を悼む。
Grieving over the death of Prof. Koji Kikuchi.---
The excellent educator rooted in Hokkaido and Tokachi.
   2023.7.21
79 「ラダック 懐かしい未来」を読んで---
After reading a book entitled "Ancient Futures - Learning from Ladakh"
by Helena Norberg-Hodge.
   2023.12.5
80 被爆者団体協議会のノーベル賞受賞に際して思うこと---
My thoughts on the Nobel Prize winning of "Japan Confederation of A- and H-Bomb Sufferers Organizations".
   2024.12.11
81 SNSの公正性について
On the fairness of SNS.
   2025.1.13
82 ミャンマーで3月28日に起きた大地震について
On the gigantic earthquake occurred on 28. March in Maynmar.
   2025.4.3
83 OSをアップグレードしたiPad での個人ウェブサイトの読み込みの不具合について
Failure of outputting a private web-site on a iPad with an upgraded OS.
   2026.1.28

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ネアンデルタール人の脳について。



   いろいろな本をリレー形式で読んでいます。ある本を読んで、その中で興味を持ったことに関連した次の本を読んでいくという形式です。


   更科功氏の「絶滅の人類史」(NHK出版新書 2017)という本を読みました。


   その本によれば、ネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)の脳はホモ・サピエンス の脳よりも20%ほど大きかったそうです。


   ホモ・サピエンス がアフリカ大陸を出たのは6万8000年ほど前と推定されており、その頃のホモ・サピエンス 全体としての人口は1000家族程度だっただろうと推定されています。中東からヨーロッパにかけては40万年以上前にアフリカを出て他の大陸に拡散していたネアンデルタール人がホモ・サピエンス よりもたくさん住んでいたと思われます。ホモ・サピエンス はこのネアンデルタール人と交雑してその遺伝子を受け継ぎましたが、ネアンデルタール人そのものは4万年ほど前に絶滅してしまいました。


   ちなみに、ホモ・サピエンス は、アジア大陸に先に拡散していたデニソワ人という人種とも交雑しその遺伝子を受け継ぎましたが、デニソワ人も3万年ほど前に絶滅しています。


   ホモ・サピエンス は10万年ほど前にアフリカ大陸の西海岸地方で、祖先の人種ホモ・ハイデルベルゲンシスから新しい人種として進化しましたが、75000年から70000年ほど前に起こったスマトラ島トバ火山の大噴火の地球規模での影響によって人口を著しく減らしました。そのことによってホモ・サピエンス としての遺伝子が純化したという側面もあるでしょう。


   しかし、ホモ・サピエンス が全世界に拡散するかたわら、先輩人類としてのネアンデルタール人は何故絶滅してしまったのでしょうか?


   ホモ・サピエンス は、何かの面でネアンデルタール人よりも優れていたためと考えられています。その一つはホモ・サピエンス は言葉の能力が優れていたため、社会的あるいは共同的な行動をとることに長けていたということ、二つめは繁殖能力がネアンデルタール人よりも優れていたことが推察されています。社会的・共同的な行動でより効率的に狩をして、ネアンデルタール人の縄張りを侵略し、人口増加率も大きいことによってネアンデルタール人の生活圏を奪っていったのでしょう。


   しかしともかく、ネアンデルタール人はその大きな脳で何を考えていたのでしょうか?ホモ・サピエンス よりもずっと長い40万年以上という期間、ホモ・サピエンス の先輩の人類として生き続けてきましたが、その永続性を可能とするような知恵を持っていたのではないでしょうか?


   ホモ・サピエンス は人種として発足してからまだ10万年ほどしか経っていませんが、世界規模の戦争を起こし、地球規模の環境破壊を起こしていることを考えると、1000年あるいは100年先の未来さえ危ぶまれるような気がします。ネアンデルタール人はホモ・サピエンス の中にその遺伝子を残すことができましたが、ホモ・サピエンス にとっては、もうそのような後継の人種はいないのです。


   脳というものは非常にエネルギーを必要とする体組織であるそうです。必要でなければ脳は小さいほうがエネルギーの節約になるのです。ホモ・サピエンス はそのコミュニケーション能力によって、社会として必要な能力を多数の人間の中に分散させ、一人一人の脳は小さくても済むように進化したのかもしれません。


   するとネアンデルタール人の私達より20%大きな脳は現代の生活様式においては必要のないことを考えていたことになりますが、本当はとても大切なことを考えていたのではないかというような気がします。


   それにしても人間は最近他人の脳ばかりでなく、コンピュータの脳にも依存するようになってしまいました。ホモ・サピエンス の脳はますます小さくなっていくことでしょう。

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「新版 日本人になった祖先たち」を読んで。



   関裕二氏の、「縄文」の新常識を知れば日本の謎が解ける(PHP新書 2019 3月)と、
   篠田謙一氏の、新版 日本人になった祖先たち DNAが解明する多元的構造(NHKブックス2019 3月) を読んだ感想を書きます。


   読んだ順番はこの順で、関氏は篠田氏の本を引用していますが、その旧版を引用しています。2つの本の出版の時期がほとんど同時であることから、仕方のないことでしょう。


   篠田氏らの研究成果が関氏の推論の科学的根拠となっています。


   1980年代以降、人類の足取りをDNAによって辿ることが可能になってきました。
   一つは細胞質中のミトコンドリアのDNAの突然変異部位を辿る方法です。ミトコンドリアは母親から遺伝されたもののみが残るので、母系の足取りを辿ることになります。
   もう一つはY染色体中のDNAの変異を辿るもので、これは男系の足取りを辿ることになります。技術的な制約からY染色体のDNAの解明が可能になったのはミトコンドリアのDNAの解明が可能になった時期よりもずっとあとでした。そのため、データ数としてはミトコンドリアDNAのデータの方がはるかにたくさん得られています。


   データの解析によれば、突然変異が起こる確率を考慮すると、ミトコンドリアの変化の足取りをさかのぼると、約20万年から15万年前の一人の女性にたどりつくことになるそうです。この女性をミトコンドリア・イブと呼びます。ホモ・サピエンス がホモ・ハイデルベルゲンシスから進化する直前くらいの年代に相当します。


   他方、Y染色体のDNAの変化からは、9万年(プラスマイナス2万年)ほど前の一人の男性にたどりつくことになります。ミトコンドリア・イブに対応させれば、この男性はY染色体アダムと呼ぶこともできます。こちらは、ホモサピエンス として分離したあとの人種に該当します。


   同じDNA組成をもつグループをハプログループと呼びますが、ミトコンドリアDNAのハプログループはY染色体DNAのハプログループの組成よりも複雑でたくさんあります。これはミトコンドリア・イブからの経過年代がY染色体アダムからの経過年代よりも長いことから当然のことです。


   ミトコンドリア・イブやY染色体アダムという表現は、その時代に一人の女性あるいは一人の男性しかいなかったという意味ではなく、長い人類の歴史の中の比較的短い時間のなかで特定の1種類のハプログループが優勢になり他のハプログループが淘汰されていった期間があったことを推察させます。そしてアフリカを出発した6万8000年前の時点でのY染色体のハプログループの組成は1種類であったと考えられています。


   しかし、その後現代に至るまでの長い期間のうちに、ミトコンドリアのDNAもY染色体のDNAもいくつもの突然変異を繰り返し、多数のハプログループに分化してきたのでしょう。


   さて、ホモ・サピエンス は、そのミトコンドリアおよびY染色体DNAのハプログループを多様に変化させながら世界中に拡散させてきたのですが、日本列島に住んでいる人々のハプログループはどのような特徴を示しているのでしょうか?


   ミトコンドリアDNAのハプログループに関していえば、それは非常に多様であるということです。その多様なハプログループが日本列島に至ったルートとしても、氷河時代にインドシナ半島沿岸にあったいわれるスンダランドから島伝いに北上してきたもの、大陸と朝鮮半島を経由してきたもの、北のカムチャッカ半島やサハリンを経由してきたものなど様々です。氷河時代にベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸に移り住んだ人々と同じグループの一部も南下して日本列島にやってきました。そしてその各ルートを経由しての移動拡散も一度に起こったものではなく、何度も繰り返して波状に起こったようです。


   そして、日本列島におけるハプログループの分布の最大の特徴は、様々なハプログループが地域的な分布に多少の偏りはあるものの、温存されて共存しているということです。

   何故、そのようなことが可能になったかというと、これらの移動が石器時代や縄文時代に行われ、狩猟採集文明にあったことと、日本列島の複雑な地形と豊かな自然が様々な民族集団の共存を可能にしてきたためと考えられています。


   人類による大規模な戦争や他民族の征服は牧畜を含めた農業文明の発祥とともに始まったと言われています。食料の蓄えが戦争を可能にし、戦争の目的となってきたためです。より豊かな土地を求めての争いもあったでしょう。そのため、非常に古くから農業文明が栄えた中国大陸においては、ミトコンドリアDNAのハプログループも非常に単純だそうです。


   日本においても弥生時代以降に稲作技術を持つ人々が大陸から渡ってきたのですが、縄文時代からのDNAを引き継ぐ人々は弥生時代や古墳時代に移っても、このような稲作文明の急激な波及に抵抗し、それまでに自分たちが培ってきた縄文文明のなかにゆっくりと取り込んでいったと推定されています。稲作自体も、弥生時代から始まった大規模な水田稲作以前に、焼畑での陸稲の栽培は縄文時代から行われていたようです。


   Y染色体DNAのハプログループはミトコンドリアDNAのハプログループよりも種類が少ないですが、それでも様々なタイプが含まれています。非常に大きく分類して、日本大陸に住む人々のY染色体DNAのハプログループはC, D, O に属するものが主要です。

  Cグループはアジア、オセアニア、南北アメリカ大陸まで世界中の非常に幅広い地域に拡散しているハプログループですが、日本列島に分布するC型ハプログループのうち、C2の系統は沿海州の先住民族およびモンゴル民族と、C1aの系統はインドネシアを中心とする地域の人々と共通しています。すなわち、北と南の双方から日本に渡ってきたと考えられます。現在日本人男性の約10%がこのハプログループに属しています。

  Oグループには日本人男性の約50%が属していますが、これは朝鮮半島と中国華北地域と共通するグループO1b2と華北から華南地域に多いO2に分かれ、前者の割合の方が高いそうです。

  CおよびOグループとは対照的に、Dグループは非常に特殊なグループで日本列島と沖縄列島に住む人々はそのなかのD1a2という細区分に属しており、しかもその割合が全男性人口の約40%を占めています。不思議なことに、世界の他の地域でこれによく似たハプログループの割合が非常に高いのはチベットに住む人々です。


   チベットの民族の流れをくむ人々としては、ミャンマー の多数民族であるビルマ族が挙げられますが、ビルマ 族の人々のY染色体DNAについては上記の本には記載されていませんでした。


   Y染色体DNAのDハプログループがどのように日本まで移動してきたのかはわかりません。狭いルートを辿って移動してきたのか、あるいは大きく拡散したのちに中心部分が消滅したのかの2つの可能性が考えられますが、いずれにせよ、チベットと日本列島を隔てる広大な地域の中心には強大な中国の民族が栄えていたということです。チベットと日本列島は、チベットの場合には急峻な山岳地帯があり、日本の場合には海によって中国大陸から隔てられていたため、稀なY染色体の特徴が強大な集団によって飲み込まれずに持続できたと言えるでしょう。


   上記の2つの本によってわかったことは、日本には多様な民族が渡ってきて、それらが共存してきたことです。ホモ・サピエンス の大陸拡散の中で発生した様々なハプログループのうちかなりのものが、長い歴史のうちのいつの時代にか日本列島にたどり着き、それらが仲良くとまでは言わないまでも共存をゆるされてきたということです。第10代徳川将軍家治の生母のミトコンドリアDNA を分析したところ、北欧の先住民サアミと共通するハプログループ(Z3)に属していたとの例も紹介されていました。


   日本人は単一民族だとの主張がありますが、これは非常に新しい時代(明治維新以降)に、国民を中央集権的にとりまとめ、外国に対する戦争、とくに非常に近い関係にある外国に対してさえも戦争と侵略を行うために国民を動員する必要上考えられたイデオロギーであろうと思います。


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ミャンマー人と日本人の似ているところ。
Similarity between Myanmar and Japanese peoples.



   ミャンマー 人と日本人の間には不思議なことにいろいろ似たことがあります。


   どちらもはるか昔にチベットに住んでいた人たちに起源をもつのではないかということと関連していて、Y染色体のD型ハプログループがそのことを証明してくれるかもしれません。


   他には、例えばものを数える時に「指折り数える」というように、まず手を開いて、親指から順に内側に指を折りながら数えるような仕草および、納豆やお茶などの食物、吊り壁法という家の建て方、その他焼畑と関連した様々な文化などです。


   ミャンマー 語(特に最大民族であるビルマ族の言葉)では、「北」に該当する言葉は「大きな川」という意味も持っており、「南」に該当する言葉は「高い山」も意味するそうです。このことは、ミャンマーのビルマ族がかつて、ヒマラヤ山脈の北側に住んでいたことを示唆しています。

   これらのことについて、イェジン農業大学でお世話になった先生たちにメールで問い合わせてみたところ、方角を示す言葉についても、物の数え方についてもそのとおりだとの返事を頂きました。


   参考までにメールのやりとりを添付しておきます。


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[My question]


Dear Dr. E. P. W.,
Cc: Mrs. D. N. E. M. T.


   I am sure that you are fine and doing well in the fighting period against Corona virus disease.


   Some time ago, I have read in a book dealing with the history of Myanmar, that the word corresponding to “north” has the original meaning of “big river”, and the word for “south” has the meaning of “high mountain” in the language of Burma. Is it true?


   I have another question. When you count numbers by a hand and fingers, do you open your hand first and then fold your fingers inside starting from the thumb finger? Japanese also count numbers like that.


   I am sorry for disturbing you so often. Thank you for your help.



April 29, 2020 Kiyoshi Tsutsuki



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[Answer from Dr. E.P.W.]


Dear Sensei,


   Thank you very much for your wish. 


   No problem. You can ask any time and I will try to answer your questions as much as I can. 


   Sensei, I think the original meaning of North in language of Myanmar is frequency (e.g. 1st times, 2nd times, etc.), and the big River is the characteristic of North region.


   Also the meaning of South is mountain, only one word is enough to mention south in language of Myanmar.


   But it is needed to confirm by some people.


   The counting nature is the same like your manner.


   Hoping you to be safe and healthy.



   Best regards,



April 29, 2020 Dr. E.P.W.



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[My “Thank you” reply]


Dear Dr. E. P. W.,
Cc: Mrs. D. N. E. M. T.


   Thank you for your very interesting answer.


   I have been interested in the similarity in Myanmar and Japanese peoples with respect to culture, habits, food and even DNA.


   Have you ever heard that peoples of Myanmar and Japanese both have their roots in Tibet area?


   The area where a big river is flowing in the north and high mountains lies in the south may suggest the Tibet area.



April 29, 2020 Kiyoshi Tsutsuki



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[Reply from Dr. E.P.W.]


Dear Sensei,


   I am happy to hear from you.


   Sensei, in Buddha text, we can understand the roots of Myanmar and Japanese people.  


   Tibet can be one of our Buddhism literature. But I am sorry I didn't read it yet. I am sure you can explore that by searching in Buddhism literature written by English.


   Best regards,




April 29, 2020 Dr. E.P.W.



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福島原発処理水(トリチウム未処理水)の海洋投棄について考える。
Discussion on the marine disposal of treated (untreated for tritium) waste water from the ruined Fukushima Atomic Power Plant. (in Japanese)




   家の近くの川沿いや森の中を散歩していると、不法投棄されたゴミをよくみかけます。美しく気持ちよくあるべき環境を台無しにするような行いをどうしてするのだろうと情けない気持ちを新たにしました。最近、福島原発の汚染処理水の海洋放出を内閣が決定したとのことで、市民によるゴミ投棄が卑劣な行いであるとすれば、政府による放射性廃棄物の投棄はどうなのかと思いました。 そこで、畜大勤務時代からの長年の友人であるBさんとの対話に発展しましたので、ここに紹介したいと思います。
   数値の上付・下付などの表現が困難なので、以下はpdf文書にして掲載したいと思います。文中のAは私、Bは私の友人を示しています。



"トリチウムの海洋投棄について"




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プリンタインクの買い替えに際して思ったこと。
What I thought when I had to renew the ink cartridges for my printer.




   妻がそろそろ年賀状を印刷してというので、妻の分と私の分の図案を昨日のうちに作りました。去年の図案の中の画像だけ置き換えたものです。画像は今までに私が撮りためた写真の中からウサギが載っているものを探して使用しました。探す際には妻にも見てもらったのですが、パソコンの画像表示の遅さに妻は呆れていました。私が写真をたくさん撮りすぎたためではありますが、特にウサギが載っていた写真をドロップボックスに転送する際にサムネイルの転送だけうまくいっていなかったようです。今日はそれらのファイルを印刷するために、まずはプリンタ用のインクを買いに行きました。行く前にプリンタの会社のサイトで該当のインクを検索したところ、その型番のインクは発売終了になったと書いてありました。それではあとは店に残っている分しか買えないなと思い、とりあえずH家電店に行ってみたところ、そのインクはこの店でも他の支店でも在庫切れになっているとのことでした。それで今度はY家電店に行ったところそこでは買うことができました。今後購入はさらに困難になることと思い、値段は高いですが2箱買いました。家に帰ってパッケージを開けてみたところ、説明書きが入っており、このインクが仕様変更になり型番名も少し変わったとのことでした。それで古い型番のインクは発売終了だったわけです。とりあえずまだしばらくこのインクが買えるようで安心しました。インクが買えないとプリンタも買い替えなくてはならないからです。プリンタ自体は5、6年前?に型落ちのバーゲン品を買ったものなので、発売開始後の年数はだいぶ経っていることと思いますが。まだ普通に印刷できるので、故障するまでは使い続けたいと思います。でもいつかはこのインクも発売終了になるのでしょうね。
   年賀状ソフトも数年前のもので、もうサポートが終了したとのメッセージが表れます。難しい図案を作るわけでもないし宛名は手書きなので今のままで良いと思うのですが、宛名ファイルは今後バージョンアップしないと読み出せなくなるのでしょうか?プリンタの件も年賀状ソフトの件も経営戦略に翻弄されているようで残念です。というわけでとりとめもないことを書きました。年賀状の印刷は私の分と妻の分は終了しました。あとは宛名とメッセージをボチボチと書き進めれば年末までには終えることができるでしょう。インクもたっぷりあるので年末年始に帰省してくる息子や娘たちに頼まれても大丈夫です。

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IRRI同窓会の皆様へ近況報告。
How I have been getting along. My report to IRRI alumni.



H. S. 先生
IRRI同窓会の皆様


   2022・2023年末年始企画のお知らせを頂き有難うございました。
   皆様におかれましては変わりなくお元気にお過ごしのこととお喜び申し上げます。


   コロナ禍が始まってから、来年で4年目を迎えようとしています。 コロナ禍の規模を考えますと不幸にも身近な方が感染されて大変なあるいは悲しい経験をされた方々もいらっしゃることと思います。「収束」ないし「終息」という言葉に何度も期待をかけてきましたが、いつかは終わるに違いないという儚い望みだけが残っています。
   2019年の下呂での同窓会以降のことを、なるべく簡単に振り返ってみたいと思います。


   2020年の2月下旬から3月上旬にかけて、JICAの専門家としてミャンマーのYezin農業大学に派遣されました。2019年に続いて2回目でした。ちょうどコロナ禍が始まった頃で、出発の成田空港やトランジットのバンコックの空港では厳しい警戒が行われていました。ミャンマー国内ではまだ感染が報告されておらずそれほどの警戒感もなく、普通の暮らしをすることができました。途中の週末休日にはShan地方にも研修員たちと一緒に旅行することができ、大変楽しい思い出となりました。しかし、私の2週間の滞在中にコロナが世界的にますます深刻化し、JICAは私の次に来ることになっていた専門家の派遣を中止してしまいました。私のプロジェクトは5年計画の最終年に相当しており、次のプロジェクトも開始が予定されていたようですが、その後2021年の2月に起こった軍によるクーデターのため長期中断されています。私の研修を援助してくれた教員や講義を熱心に聴いてくれた若い教職員のなかにも軍事体制に反対して抗議活動を行なったため大学を解雇されてしまった人が数人います。コロナの終息と同様、ミャンマーにも再び平和と民主主義が復活してほしいと思います。
    2017年3月に帯広畜産大学の再雇用が終了して以降も別科の土壌作物栄養学と土壌作物栄養学実習を非常勤講師として担当していましたが、カリキュラムの改訂によりこれらの科目がなくなり、別科も学生定員が削減されて酪農部門のみの募集となったので、私の担当は2020年前期の実習を最後として終わることになりました。実習は圃場でのバレイショ栽培および小松菜ポット栽培による肥効試験、土壌断面調査、土壌分析、地形・土壌分布の観察などの内容を含み、一人で担当するのは大変ではありましたが、別科生の教育にとって重要な内容を担っていたと自負しています。コロナが深刻化していましたが、野外での実習なので「密」にならないように注意することで、「対面」で指導することができました。その後、引き継ぐ人もなく別科の教育内容が縮小されてしまったことは残念に思います。


   2020年の前期からは「入門化学」という新入生(農業高校卒業生)向けの科目を新たに担当することになりました。以前この科目を担当していた教員が何らかの都合で担当できなくなり、私に引き継がれたものです。3月になって急に依頼されたため開講は5月まで待ってもらいました。コロナの蔓延が深刻化していたので、講義はオンラインで行いました。この講義は2021年と2022年にも担当しました。2021年と2022年には受講学生の半数ずつが教室に来てもよいことになり、対面とオンラインの同時進行となりました。やはり学生の顔が見えた方が良かったです。2023年も依頼されれば引き受けるつもりですが、担当はまだ決まっていません。2020年に入学した学生は来年には4年生になりますが、在学期間の全てをコロナの制約の下で過ごすことになり、残念なことだと思います。
   2021年の4月からは、「日本種苗新聞」で「人新世を耕す」という連載記事を執筆しました。私の個人ホームページを見てくださった同新聞社の編集者から「緑肥」に関連した記事を書いてほしいとの依頼があり、連載が始まりました。1ヶ月に3回発行される新聞ですが、2022年8月までに36回の記事を書き、一応これで終了しました。他に書きたいことがあればいつでも掲載してくださるといわれていますが、今のところ新しいアイデアは浮かんでいません。私の個人ホームページにこの記事のpdfコピーを掲載しました。紙面そのままのコピーなので読みにくいと思いますが見ていただけましたらうれしく存じます。

"日本種苗新聞連載記事「人新世を耕す」 2021年4月1日から。10日ごと。
A series of articles published on "Nippon Shubyou Shimbun (Japan Seed News)" from April 1, 2021. Every 10 days. "


   コロナによる行動自粛のなか、帯広市図書館に2週間ごとに通い、本を借り出してきて、気ままな読書を続けています。上記の「人新世を耕す」の連載にあたっても、図書館の本は大変役にたちました。
   また2017年から帯広市の市民サークル「エゾリスの会」に入り、春から秋までは帯広の森の動植物の観察や森の管理育成作業に参加しています。エゾリス、鳥類、カエル、チョウなどと森の植物の定期観察を行っています。毎週の週末はこの活動に参加することが多いのですが、冬の間は活動の機会が少ないので退屈しています。以前はオリンパスのTG-2やTG-5などのコンパクトデジカメだけで写真を撮っていたのですが、昨年オリンパスOM-D EM5 というミラーレスカメラを買い、今年はEM1を中古で買い足しました。カメラは標準域のズームと望遠ズーム、そしてマクロレンズの3種類を持っています。これらのカメラとレンズを交互に持ち出して、家の周辺の景色や動植物を撮って楽しんでいます。行動範囲は自転車で行ける範囲内です。撮った写真は上記の個人ホームページの近況欄やインスタグラム(ktsutsuki) やFacebook にもアップロードしています。Facebookは友人のみへの公開としていますので興味のある方は友達申請をお願いします。


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ミャンマー軍事クーデターから2年。Two years have passed since the military coup in Myanmar.


   2023年2月1日コメント。


   2021年2月1日にミャンマーで国軍によるクーデターが起こってから、今日で2年目となる。    私は2019年と2020年に2週間ずつミャンマーのイェジン農業大学を訪問して土壌学と気候変動に関連する講義と研修を行い、多くの教職員や学生・院生と友達になった。その人たちの中で私のコーディネーターも含め少なからぬ人たちが、政府への不服従を理由に大学を追われた。職は追われずとも、不自由で堅苦しい大学生活を沈黙しながら送っている教職員も多いことと思う。大学人ばかりでなく、民主主義と人権を求めるミャンマー国民が依然として困難な生活を続けている。



   このようななかで、日本政府は問題の解決にどれほど貢献してきただろうか。日本政府は国軍ともNLDなどの民主勢力とも独自のパイプを持っていると称し、国軍への批判は行なってこなかった。民主勢力とのパイプは本当にあるのかどうかわからぬ細々としたものであり、ボランティアによる貢献に任せられている。ミャンマー国民の民主主義や人権を積極的に擁護するための行動を日本政府はこの2年間とってこなかった。

   日本政府と経済界は、ミャンマーを「アジア最後のフロンティア」、すなわち経済開発協力の対象としてしかみなしてこなかった。そのなかで、国軍との独自のパイプとは、国軍関連者が経営するミャンマー企業に金を流すことによって、見返りに有利な取引きを達成しようとするものであった。その結果国軍に資金が流れることによって、ミャンマー国民にその圧政がかけられることになっても無関心な立場をとらざるを得なかった。



   いわば、日本政府もミャンマー国軍もいわば同じ穴のムジナなので、強い批判はできないのである。日本は本当に「民主国家」と言えるのだろうか?



   Two years have passed since the military coup occurred in Myanmar on the 1st February 2021.

   I had opportunities to teach soil science and climate change at the Yezin Agricultural University (YAU in Naypyidaw, Myanmar) two weeks each in 2019 and 2020, and could have many friends among the teaching staffs and students. However, after the coup, some of my friends should have to leave the university because they participated in the Civil Disobedience Movement. Even if not purged from the university, many staffs should keep silence and endure the inconvenient and difficult academic life. Not only the university people, citizens in Myanmar who is seeking for the freedom and human rights are continuing the hard life.



   Under such circumstances, how Japanese government contributed to solve the problem in Myanmar? Japanese government and conservative politicians insisted that they have contact pipes both to the military government of Myanmar and to the democratic party of Myanmar, and they can contribute to fix the problem. Japan side have never criticized the Myanmar military people strongly in these two years.

   The connection pipe of Japanese government with the democratic party was very narrow and weak and Japanese government have not taken any activity to support the democracy and human right of Myanmar people. The tasks have been entrusted to the people of volunteer people.



   Japanese government and economic people have deemed Myanmar as an economic partner and the object of economic development. They have said that “Myanmar is the last frontier in Asia”.


   The strong pipe between the Myanmar military government and Japan meant that the Myanmar enterprises owned by the Myanmar military people get collateral money from Japanese enterprises, and in return for it Japan can get great profit from the economic activity in Myanmar. The Myanmar military government can oppress the Myanmar people using the money obtained from Japan. Japan should have to behave indifferent attitude to the result of their economic activity. In another word, they were all part of the same gang.


   Can Japan proudly insist that she is a fair democratic country?


   ----Praying ---for---Myanmar!-----------------------

   2023年2月3日追加コメント。

   またミャンマーの話題になりますが、クーデーター2周年にあたる2月1日には、EUを始めとする各国の高レベル政府代表者によって、ミャンマー国軍の圧政を憂慮し解決を要望する共同声明が発表されました。


   この共同声明に賛同したのは、以下の国々です。”The European Union, and the Foreign Ministers of Albania, Armenia, Australia, Bosnia and Herzegovina, Canada, the Federated States of Micronesia, Georgia, Ghana, Iceland, Liechtenstein, Montenegro, New Zealand, North Macedonia, Norway, the Republic of Korea, the Republic of the Marshall Islands, the Republic of Palau, Serbia, Switzerland, Ukraine, the United Kingdom and the United States.”

   EU, アメリカ合衆国、英国、カナダ、オーストラリア、スイス、ノルウェー、ニュージーランド、韓国などの先進国に混じって、現在ロシアとの戦禍に苦しんでいるウクライナ、過去の民族戦争で酷い目にあったボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、セルビアなどの国名も見られます。



   ミャンマーの隣国のアセアン(ASEAN)諸国はこの声明には加わっていませんが、ASEANは既に独自に「5項目合意」というものをミャンマー軍政に対して要求しているので、今回新たな声明はしなかったものと思います。



   他方、中国、ロシア、日本などは2月1日にあたってなんらコメントは発表していないようです。



   ミャンマーの情勢に対するそれぞれの国家の態度表明は高度に政治的なものなので解釈が難しいと思いますが、少なくとも中国、ロシア、日本はミャンマーの軍事政権よりの立場に立っているのでなんらの声明も発表しなかったものと思います。



   ミャンマーの今後の成り行きで軍事政権が弱まることはありえないので、今後の日本の国益を考えれば軍事政権によりそった態度を示しておいたほうが良いということだと思います。



   要するに日本には「正義」、「理想」、「平和と民主主義」、国軍の暴政に苦しむミャンマー国民に対する思いやりを主張し表明する志は無いということで、国民の目からは悲しく恥ずかしいことのように思えます。


   My additional comment on 3. February 2023.

   On 1. Feburuary, 2023. a joint statement was announced by the High Representative on behalf of the European Union, and the Foreign Ministers of Albania, Armenia, Australia, Bosnia and Herzegovina, Canada, the Federated States of Micronesia, Georgia, Ghana, Iceland, Liechtenstein, Montenegro, New Zealand, North Macedonia, Norway, the Republic of Korea, the Republic of the Marshall Islands, the Republic of Palau, Serbia, Switzerland, Ukraine, the United Kingdom and the United States, on the two year anniversary of the military coup in Myanmar.


   Among the developed countries, such as EU, USA, UK, Canada, Australia, Switzerland, Norway, New Zealand and Korea, Ukraine which is now attacked by Russia, and other countries which have experienced the miserable war between the folks such as Bosnia and Herzegovina, Montenegro, Serbia were also on the list of joint statement.

   ASEAN countries, which neighbors Myanmar, are not on the list. However, they have already requested in cooperation “5 item agreements” to the Myanmar military government.



   China, Russia and Japan did not make any statement on the occasion of the 2 years memorial day of the coup d’état by the Myanmar military power.



   Maybe the statements by the each government should be a highly political matter. However, I think, China, Russia, and Japan are standing for the side of Military government of Myanmar.



   Especially, Japan assumes that the military power of Myanmar will not fade in the future, and, therefore, it is more profitable to stand for the military side.



   In conclusion, Japan has no intention to express the standpoint of “Justice”, “Lofty Ideals”, “Peace and democracy” and can not express a word of sympathy to the people of Myanmar.



   I am very sad and ashamed for it.




   2021年2月16日のコメント。

   Simply, what is the standpoint of Japanese government?
 The world is watching also Japan.


   16カ国の在ミャンマー大使がミャンマーのクーデター政権に対して抗議声明を発表しましたが、日本の名前は見られません。日本の軍事政権に対する態度はどうなのだろう?日本が軍事政権に抗議するとミャンマーに対する中国の影響力が強まるからという説明も読んだことがありますが、そうなのだろうか?

   日本は長年にわたってNe Win にはじまる軍事政権を支持してきたし、最近も閣僚がミャンマーを訪問するときはアウンサンスーチーさんにも会うが、国軍の代表ミン・アウン・フラインにも会ってきたそうです。(2020年8月24日茂木外務大臣のミャンマー訪問。日本はミャンマー国軍とも独自のパイプを持ち続けてきました。)お隣の国中国もクーデター政権に対して寛容な態度を示していますが、日本もお隣のことをどうのこうの批判できるような国ではないように思います。



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   Memory at YAU in 2019: (Upper) Visit to Uppatasanti Pagoda in Naypyidaw. (Lower) Soil survey practice in the YAU field.

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   Memory at YAU in 2019: (Upper) Visit to YAU Kyauksei outreach campus. (Lower) Buddha statue and pagoda in Kyausei.

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   Memory at YAU in 2019: (Upper) Preparing mini-soil-monolith. (Lower) After the closing ceremony.

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   Memory at YAU in 2020: (Upper) Soil profile survey in the field. (Lower) Visit to YAU Aungban outreach campus.

YAU_2020_2

   Memory at YAU in 2020: (Upper) In front of the Htem Sann cave. (Lower) After visiting the Swe Inn Tein pagoda in Inle lake.

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   Memory at YAU in 2020: At the closing ceremony in 2020.

YAU_2020_4

   Memory at YAU in 2020: (Upper) Mini-soil-monolith prepared by the trainees., (Lower) Soil profile in the YAU field.

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資源という言葉について。What is the meaning of the word, "Resource"?



   人は自然からの恵みを糧として生きてきた。
  他の野生動物も同じである。



   自然からの恵みは豊かなときもあり、足りないときもあった。
  しかしそれは自然まかせであった。



   人が自然から受け取り、あるいは奪った部分を自然は自らの力で再生してきた。
  しかし、ある時から人間は自然に深く関わり、自然の姿を変えて自らの生きる糧を得るようになった。



   道具による狩猟や作物栽培による農業がそれにあたる。
  道具による狩猟は、狩猟の能力を高めると同時に、狩猟対象となる野生動物の数の減少や絶滅をもたらした。
  土地を耕す農業では、土地の肥沃度の減退や土壌侵食、塩類集積をもたらし、次第に作物の生産性が減少し、長い年月の後には同じ場所での生産を続けられなくなり、他の新しい土地へと移動せざるを得なくなった。



   自然からそのままの状態で得られる食料および狩猟による獲物や農業生産による収穫物のことを人間は「食料資源」と呼んだ。
  これらの食料資源は、最初は無限に再生産されるように見受けられた。しかし、人間の力が大きくなるに伴い、次第にその再生産が困難になった。
  再生可能であった資源は再生困難あるいは再生不能の資源になったのである。



   燃料などのエネルギーとして、人間は長い間自然の樹木や草、泥炭、動物の糞などを利用してきた。これらは、人間の活動能力が小さいうちは、自然の力によって再生されてきた。しかし、人間の活動が活発化し、森林や草原が減少すると、これらのエネルギー資源も有限となった。



   人間は近年石炭、石油、天然ガス、ウランなどの地下埋蔵資源に依存するようになり、その結果、爆発的な人口増加がもたらされた。またその分布は地球上に偏って存在しており、それを獲得するために、国家どうしが争うようになった。
  しかし、これらの地下埋蔵資源は始めから有限であった。それらの採掘が進むと、さらなる採掘が困難になった。また、その利用に伴い、地球の環境が汚染され、人類の健康を蝕むようになった。



   人間は資源を利用して生きている。その利用の仕方は人間の文化である。文化の質によって、資源の永続性は異なってくる。資源を浪費する文化と資源を大切にする文化がある。



   人間自体も「資源」と呼ばれることがある。「人的資源」という言葉である。それは「労働力」を意味することもあり、知的能力を意味することもある。
  人間社会を動かしているのは「食料資源」や「エネルギー資源」ばかりでなく、人間の働きそのものが関わっているからである。



   「食料資源」や「エネルギー資源」を利用するのは個々の人間そのものであるが、「人的資源」を利用するのは個々の人間ではなく、人間の上に立つ会社や国家などの社会的な存在である。



   「人的資源」は再生産可能であろうか?それは平和な社会のもとでは量的に再生産可能である。しかし、個々の人間のレベルにまで立ち返ると、「人的資源」は再生産不可能なものである。すなわち「人」は再生産不可能な資源である。「資源」という言葉が人間に対して用いられると、「人権」をはじめとするその尊厳が損なわれる恐れがある。



   「人的資源」という言葉を用いる場合には、個々の人間の尊厳をその基盤として用いるべきである。



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「アイヌの世界に生きる」を読んで。After reading a book on the life of Ainu people.



   今朝、ゴミを出しに外に出たとき(8:00)の気温は-18.9℃でした。久しぶりに帯広らしい気温になりました。一日を通じて快晴でしたが強い北西の風が吹いていました。そのため、散歩はためらわれましたが、イトーヨーカドーまで歩き、バスで帰ってくることにしました。イトーヨーカドーまで歩いた時はちょうど小学生(豊成小学校)たちの下校時間でした。寒いのに毎日大変だなと思いました。私が住んでいる地域では通学する小学校として豊成小学校か川西小学校を選ぶことができるようになっています。川西小学校は農村部にある小さな小学校ですが、それなりに良いところもあると思います。また遠くて学区が広いためスクールバスが運行されています。豊成小学校は10年ほど前に移転して新築された小学校で児童数も多く、体育館や温水プールも含め各種の設備が充実しています。しかしスクールバスは無いため、私の住んでいる清流4丁目からは3キロ近く歩かなくてはなりません。通っている児童たちは毎日7時頃には家を出発しています。4丁目からは川西小学校に通っている児童の方が多いようです。



   イトーヨーカドーでは帰りのバスまで1時間くらいの時間があったのでもっぱら書店で時間を過ごしました。いろいろ面白そうな本があったのですが、全部買っていると大変なので2冊だけ選びました。先週この書店に来たときには、ふと目に留まった茅辺かのう著「アイヌの世界に生きる」(ちくま文庫)とその他1冊を買いました。家に帰って読んだところ、大変素晴らしい本だなと思いました。
  十勝本別に開拓に入った和人の家族から実質的に捨てられ命まで失いかけていた赤ん坊がアイヌの婦人に助けられその娘として育てられました。その赤ん坊が育ち、結婚し、たくさんの子供を育て老年に達したのですが、その人と彼女を育ててくれたアイヌのお母さんのことを記録に残してほしいと思い、茅辺さんがその仕事を引き受けたのです。



   茅辺さんという方も類い稀な人生を送った方で、戦後京都大学に初めて入学した女子学生でありながら、2年で退学し、その後東京に出て出版社で雑誌の編集をしながら労働運動に携わり、40歳近くになってからはその仕事もやめて北海道に来て、網走の水産加工工場の労働者や帯広の農家の住み込み労働者として農作業に携わりました。その後、阿寒湖のアイヌ工芸店で働き、その際にアイヌの婦人に助けられ育てられた婦人の生い立ちの記録を書く仕事を紹介されたのです。
  本を読んだところ、捨てられかけた和人の赤ちゃんを助けたのは、本別町のチエトイ地区に住んでいた清川ネウサルモンという人で、その人の名前は私も以前本別の食土の研究をしていた時に聞き知っていました。ネウサルモンさんに助けられた婦人は澤井トメノさんといい、その子供さんたちも含めて本別アイヌの文化伝承に貢献しておられます。
  本の内容は感動的なものなので、興味があれば読んでみられることをおすすめします。何気なく選んだ1冊でしたが、思わぬ宝物に出会えたような気がしました。著者の茅辺さんも京都大学に残ってそのまま卒業していれば、キャリアウーマンとして輝かしい人生を送られたことと思いますが、それなりに自分自身が納得できる別の人生を選ばれたのでしょう。このことについても考えさせられました。



Yokado_230215

   イトーヨーカドーに行く途中の風景。道の左側の赤い屋根の建物は日甜の旧工場で現在は研究所として使われています。今日は大雪山方面の山もくっきりと見えました。写真の中央部にかろうじて写っています。(上)、 機関庫川沿いのケヤマハンノキとヤチダモ。(下)

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北海道・十勝の土地に根ざした教育者
---菊地晃二先生のご逝去を悼む。
Grieving over the death of Prof. Koji Kikuchi.
---The excellent educator rooted in Hokkaido and Tokachi.



   2023年1月6日に菊地晃二先生が逝去されました。


   菊地晃二先生は道立農試に31年間勤められたのち、1995年に母校帯広畜産大学土地資源利用学講座の教授として着任されました。それ以来先生には公私にわたり大変お世話になりましたが、先生のお名前はそれ以前から知っていました。

  名古屋大学での私の恩師熊田恭一先生はその著書「土壌環境」(1980)の結論部で菊地先生の「地力の区分」に関する考え方を紹介しておられました。地力は自然のままの地力(地力I)、環境条件を確立することによって発現する地力(地力II)、必要な養分の量および質を確保することによる地力(地力III)の3段階からなるというものです。1970年台、農業構造の急激な変化の中で、地力に関して多くの議論が行われましたが、菊地先生の考えは「地力は農業者の働きかけによって変化させ向上させることができる」というものであり、卓越したものでした。私も講義のなかで常にこの考えかたを紹介してきました。


   先生は畜大着任後、JICA帯広集団研修土壌診断コースのコースリーダーを定年まで勤められ、それまでの研修内容を現場での土壌調査を中心とするものに変え、十勝平野の段丘と土壌の関係、美瑛・富良野の地形と土壌の関係を現場で教えられました。先生は退職後も引き続き現場での土壌教育をかつての同僚の横井義雄氏や大淵清志氏の助けを借りながら続けてくださいました。先生は研修員との交流が楽しくてたまらないというご様子でした。

  北海道の農業や土壌のことをあまり知らない私を、先生は休日を利用して十勝、根釧、道央の各所に先生ご自身が運転する車に乗せて案内してくださいました。1999年日本土壌肥料学会北海道大会の土壌見学会準備のための土壌調査と試料採取でも常に同行させて頂き、土壌調査を教えて頂きました。先生は難しい土壌分類から説明するのではなく、地形と母材の違いに即して具体的に教えて頂けたので大変わかりやすかったです。

  先生は研究成果の執筆にも熱心で、長年にわたる御経験を「段丘土壌と土壌 十勝平野をどう活かすか」(2008)を始め、多数の著書に著されました。また先生は学生や後輩の研究者のことをいつも心配しておられました。先生から励まされた人は数知れないことと思います。

  菊地先生のご病状については心配していましたが、御逝去については日本ペドロジー学会からのメールで初めて知りました。大変お世話になった先生に御葬儀などで弔意を示すことができなかったことは残念ですが、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

                    ペドロジスト  Vol.67, No.1 に投稿。


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「ラダック 懐かしい未来」を読んで---。
After reading a book entitled "Ancient Futures - Learning from Ladakh"
by Helena Norberg-Hodge.



   図書館から借りてきた本ですがヘレナ・ノーバーグ・ホッジ著「ラダック 懐かしい未来」という本を読みました。


   インド東カシミール地方の標高3000mから5000mの地域で、厳しい気候と痩せた土のもとでつつましくも豊かに暮らす人々の昔ながらの生活を紹介し、その生活が開発によって失われていく様子を紹介した本です。

  著者はスウェーデン人の女性で28歳の頃から16年間ラダックで暮らした人です。


   現代の生活様式から見れば「何もない」土地でも、人々は十分生きていけるだけの食料を得て、愛にあふれた家庭や村社会を築き、仏教をはじめいろいろな宗教を信じている人たちがいますが、それぞれに崇高な信仰心を持って暮らしていました。

  それが貨幣経済が入り、道路が整備され、観光客が溢れ、電気や水道が開通するとともに、昔ながらの生活や人間関係が失われるようになってきました。日本でも同様な変化が過去に起こってきたものと思いますが、開発・進歩と人間の幸福の関係について考えさせられました。

  別の話題ですが、12月5日は「世界土壌の日」です。定年退職して土壌の研究から退いた今ではどのように「土壌」に関わっていけば良いか考えさせられます。

  かつては土壌を採取して分析することによって土壌を見てきましたが、もうそのような関わり方はできません。自宅の庭の小さな畑を世話しながら良い土のあり方を考えるとか、森を歩きながら良い土とはなんだろうと考えていきたいと思います。

  ラダックの人々が厳しい気候と痩せた土地の上でも生活してきたことを考えると、絶対的な良い土というものは存在しないのではないかと思います。土の機能を損なわないような接し方をすれば、土はそこに暮らす人や生きものに必要なものを与えてくれます。要するに土の良い悪いを論じるよりも、どのように土に接するべきかを考えることが必要と思います。

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被爆者団体協議会のノーベル賞受賞に際して思うこと---。
My thoughts on the Nobel Prize winning of "Japan Confederation of A- and H-Bomb Sufferers Organizations".



   この夏頃から、図書館でふと目にとまった林京子さんの作品を読み続けてきました。林さんは14歳のときに学徒動員で女学校から派遣されていた工場中で長崎の原爆に被曝し、他の人がほとんど亡くなったり重傷を負うなかで、偶然工場の壁の裏にいたおかげで生き延びることができた人です。その後、40歳くらいから沈黙していられなくなり、多数の小説を書いてこられました。被曝のことと、父親の仕事の関係で少女時代まで上海で育ったことなどが小説のテーマになっています。重い内容なので、次々に読み続けるのは辛くなるかもしれません。被曝の事実にばかりこだわっているとの批判も他の文学者からあったようです。86歳くらいで2017年に亡くなりましたが、何十万という被爆者のなかで奇跡的に長く生き延びることができた人の証言として貴重なものと思います。この度、日本被爆者団体協議会がノーベル賞を受賞しましたが、林さんが生きていればこのことを喜んだことと思います。


   しかし世界の情勢はそれほど甘くないと思います。核兵器を所持している国の指導者がいずれも独裁的で理性や博愛精神を感じられないことは深刻だと思います。日本の政治家もアメリカの「核」を抑止力とみなしてきました。被爆国でありながら、オーストリアやメキシコなどが中心となって2017年に国連で提議された核兵器禁止条約交渉に参加しませんでした。またアメリカのオバマ大統領が核の先制不使用政策を検討し、2016年5月にはアメリカの大統領としては初めて広島での平和記念式典に出席しましたが、安倍首相をはじめとする日本の権力者たちは、核の先制不使用政策には反対し続けてきました。オバマ大統領の任期があとわずかであったことと、その後トランプ大統領に政権が移ったことで、先制不使用政策は実現しませんでした。


   現在は世界中に核の抑止力が無い状態で、いつ核戦争が始まってもおかしくない状態ではないかと思います。日本国民は、核爆弾が爆発したあとに起こる地獄、および原発が爆発したあとに起こる地獄をどちらも経験したまれな国民です。核兵器を持っている国、日本のように他国の核兵器に依存している国が核戦争抑止力とみなしているのは自国民の生命そのものです。国民は人間の盾として人質にとられているようなものです。また、核兵器の使用を前提として戦争をしようとする国は、他国の国民の命の重さを軽んじているとしか考えられません。国家どうしの憎しみが高じたときには、相手の国民の命の重さにまでは考えが及ばなくなることと思います。広島と長崎への原爆の投下はそのことの実証です。


   被団協のノーベル賞受賞をひとつのきっかけとして、核兵器の廃絶を進めていかなくてはなりません。

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SNSの公正性について
On the fairness of SNS.



   イーロン・マスク氏がTwitterを買収してまず最初にしたことは、投稿の公正性を監視する部門を切り捨てることだった。今は”X”という媒体に代わっているが、”X”で流通する投稿はどれが公正なものであるかわからず、自分で判断しなくてはならない状態であると思う。これはまた世界一の資産家によるSNSメディアの乗っ取りである。E.M.氏は、投資に対する見返りがあるからこそTwitterの買収を行ったのであり、情報操作が自分の企業活動に利益をもたらすからに他ならない。その際、情報発信の公正性という基準は足かせになるので取り払ったのだろう。
   SNS でものを言おうという人は、どのような場所で発言するのかということにも注意しなくてはならないと思う。単純に利用者が多くて便利というだけでは、自分自身も悪意をはらんだシステムの中に取り込まれてしまうことになるだろう。
   Facebook はTwitter - X で行われたような投稿を野ばなしにする方針を取らず、投稿の公正性を守るためのシステムを維持してきたようである。私の投稿も誤判断によって削除されたことがあるが、少なくとも投稿を監視するシステムが働いていることを知らせてくれた。
   しかし、トランプ次期大統領からの圧力と恫喝によって、投稿の公正性を監視するシステムが取り払われることになった。
   現状でも怪しい投稿が蔓延しているが、これからはますます怪しい投稿が増えることと思う。
   兵庫県知事選挙にも見られたように、選挙活動にもこれからSNSが利用されていくことと思う。SNSの利用者はSNSからの情報に振り回されないように注意しなくてはならない。

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ミャンマーで3月28日に起きた大地震について
On the gigantic earthquake occurred on 28. March in Maynmar.


  A gigantic earthquake occurred in Myanmar on 28. March. I still have not heard of the safety of many of my friends in Myanmar on 3. April.
  I express my deep sympathy to my friends and the people in Myanmar who are affected by the gigantic earthquake today. I hope you are safe and recover from the damage quickly.
  I am anxious about my friends who are suffering from the calamity of gigantic earthquake in Myanmar. I wish all of you are safe, surviving and getting over the difficult situation.

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After completing all my lecture and practice in 2019 (above) and in 2020 (below).


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Handing out the certificate of completing the course in 2019 (above) and in 2020 (below).


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Field soil survey practice in 2020 (above) and in 2019 (below).


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Field soil survey practice in 2020 (above) and in 2019 (below).


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Field trip to Kyau-Se in 2019 (above), to Aung-Ban in 2020 (below).(


Hypocenter-distribution

Distribution of hypocenters in the world.


Sunda-plate%20.png

Tectonic plates in the South-east Asia. Sunda plate covers the central area in this map. Most of the earthquakes in Myanmar are occurring in the boundary area of Indian plate and Eurasian plate.


Sagaing_Fault.png

Slippage of Sagaing Fault between Mandalay and Nay-Pyi-Taw in Myanmar (reported by Geospatial Information Authority of Japan on April 2).

Sagaing(ザガイン)断層に沿って南北400km以上にわたって地殻変動が見られます。

断層を挟んで西側でおおむね北向き、東側でおおむね南向きの地殻変動が見られます。この地殻変動のパターンは地震のメカニズム(右横ずれ)と整合的です。

変動域では、断層を挟んで最大で6m程度の大きな食い違いが見られます。これは、地震に伴い断層が6mずれたことを意味すると考えられます。

国土地理院 2025年4月2日発表


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OSをアップグレードしたiPad での個人ウェブサイトの読み込みの不具合
Failure of outputting a private web-site on a iPad with an upgraded OS.


  iPad のOS を26.2 にアップグレードしたのちに、私のホームページのindex画面が表示できなくなったことについて検討してきました。
  iPad のOS が Ver.18 であった時には表示されていたことから、これは iPad OSの仕様変更によるものと考えました。
  私のホームページは13年以上前のテンプレートを使用して、それに少しずつ書き足してきたものなので、HTML の古い文法をたくさん使い続けてきました。現在推奨されているHTMLのバージョンは5.0です。次第に古い文法を使った記述は読み込まれなくなっていきます。私のホームページもできれば新しい文法で書き直したいのですが、いろいろわからない文法も多く、CSSも駆使しなくてはならないようなので、お手上げの状態です。
 以前のOSでは古い文法で書かれたHTMLも読み込んでくれていたものが、新しいOS 26.2 ではそのような時代遅れの機能が切り捨てられたものと思います。
  私のホームページのindex は一部書き換えを行なって、怪しい部分をバッサリと切り落としたところ、なんとかiPad でも表示できるようになりました。しかし、indexから飛んだ先の個別のページではうまく表示できないところがあります。私のホームページは寛容な古いパソコンでしか見られなくなっていくのかもしれません。
  Apple は古い機能を切り捨てることに関しては非常に思い切りの良いところがあります。利用者が自分で書いたような怪しい作品は表示できないようになります。Facebook, X, Instagramのような既製のプラットホームを使っての投稿は問題ありませんし、個人ホームページについても、Wordpress のようなテンプレートを使って作成する分には問題がおきにくいことと思います。
  Apple は以前 HyperCard というアプリを提供していました。私もこのアプリを使って多数のスタックを作ってきましたが、ある時期から全て使えなくなりました。スタックもフロッピーディスクに保存していましたし、Mac本体も動かなくなって廃棄してしまったので、今となっては思い出す他ありません。


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