Activities of Natural history research group in Tokachi.
芽室坂南付近の芽室川左岸。(21. June, 2025)
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十勝の土壌と農業
十勝の自然史研究会で発表 (2025年3月16日)
下記の別ページに掲載しました。
パワーポイントおよび解説文のpdfファイル集
図表および解説文を統合したhtmlファイル
参加した行事のリスト
2501
十勝自然史研究会の巡検で三股火砕流と渋山層を観察。 Observing "Mitsumata" pyroclastic flow and "Shibusan" sedimentary layers by joyning the excursion of "Tokachi Shizenshi Kenkyuukai (Natural history research group in Tokachi)".
June 21, 2025
2502
十勝自然史研究会のアポイ岳登山に参加。 Climbing Mt. Apoi, joining the bus tour planned by "Tokachi Shizenshi Kenkyuukai (Natural history research group in Tokachi)".
July 6, 2025
2503
十勝自然史研究会の巡検で、十勝川上流方面の三股火砕流と基盤岩を観察。 Observing "Mitsumata" pyroclastic flow and "Shibusan" sedimentary layers and basal rocks of Hokkaido in the upper stream area of Tokachi river by joyning the excursion of "Tokachi Shizenshi Kenkyuukai (Natural history research group in Tokachi)".
July 12, 2025
2504
然別火山群山麓の地質見学。 Geological excursion to the foot-area of Shikaribetsu mountains.
September 6, 2025
2505
百年記念館主催の南十勝のジオツアーに参加。 Joining the geo-tour in the southern Tokachi area sponsored by the Centennial Museum of Obihiro.
September 12, 2025
2109
稲田町西2線道路工事現場で恵庭火山灰層、支笏第一軽石層と植生を観察。 Watching the soil profile and vegetation along the road construction sites. September 8, 2021.
2309
恵庭古砂丘の土壌断面を観察。 Observation of a soil profile on the paleo-sand-dune of Eniwa tephra.
September 10, 2023
2506
畜大農場東側の道路工事現場で火山灰層を観察。 Observing volcanic ash layers beside the construction site of a road to the east of OUAVM farm.
September 15, 2025
2507
道路工事現場の土壌断面を再び観察。 Observing again the soil profile beside the construction site of a road.
September 20, 2025
2508
畜大農場東側の道路工事現場の土壌断面。 Soil profiles at the road construction site to the east of OUAVM farm.
September 28, 2025
2509
畜大牧草地東側土壌断面内の土塊が意味するもの。 What is suggested by the soil clods in the soil profile to the east of OUAVM grassland.
October 20, 2025
2510
総会(2025年12月6日)で頂いた鉱物標本。 Mineral specimens given at the annual general meeting on December 6, 2025.
December 7, 2025
2604
2026年第1回室内講座「わが家の石ころ」。 The first seminar "My stone" on April 19, 2026.
April 19, 2026
2605
2026年道内研修旅行「日高一周」。 Study tour in Hokkaido, 2026: "A tour around Hidaka mountain range" on May 23-24, 2026.
May 25, 2026
2606
2026年第1回地質講座「幕別町豊岡の長流枝内層と豊頃丘陵の地質」。 The 1st Geo-tour in 2026: "Osarushinai strata in Toyo-oka, Makubetsu and the geological features of Toyokoro hill." on June 20, 2026.
June 21, 2026
2607
第2回地質講座で浦幌丘陵の地質を観察。 Observing the geological sites in Urahoro hill area joining the second Geo-tour in 2026.
July 12, 2026
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十勝自然史研究会の巡検で三股火砕流と渋山層を観察。 Observing "Mitsumata" pyroclastic flow and "Shibusan" sedimentary layers by joyning the excursion of "Tokachi Shizenshi Kenkyuukai (Natural history research group in Tokachi)".
June 21, 2025
6月21日は「十勝の自然史研究会」のバス巡検に初めて参加させて頂きました。今日は芽室町、御影町、清水町などで、十勝三股火砕流と亜炭層、その上に堆積した渋山層、美蔓礫層などを観察しました。十勝三股火砕流は100万年くらい前に、十勝三股を中心とする大規模なカルデラ噴火があり、その火砕流が厚く十勝北部と中部を覆ったものです。亜炭層を含む渋山層は火砕流の上に発達した湿原に厚く堆積した土層です。今から100万年以降のダイナミックな十勝平野の形成の歴史を見させてもらったことになります。今日のバス巡検では途中見晴らしの良い地点に立ち寄り日高山脈や山脈のカール地形を眺めることも予定に入っていましたが、あいにくの曇天で、一番近くの剣山でさえ山はまったく眺めることができませんでした。
「十勝の自然史研究会」には、今年の3月に「十勝の土壌と農業」という依頼講演を引き受けたあとで、興味があったので新たに加入させていただくことにしました。1年に数回の巡検や講演会が企画されており、私はそのうちの3回の巡検と1回のアポイ岳登山への参加を申し込みました。十勝平野の地史についてはかねてから興味を持っていましたので、この分野の専門家や経験豊富な会員の皆さんと一緒に現地見学できることは大変有難いことと思います。
百年記念館前に集合、出発まで
朝8時30分頃のグリーンパーク(上)、百年記念館前の駐車場での受付と出発を待つマイクロバス。十勝ナンバーの新車でした。(下)
芽室、芽室川左岸
芽室愛菜館南の絶景ポイント。残念ながら山は見えませんでした。(上)、芽室坂南付近の芽室川左岸。最下部が三股火砕流、その上に亜炭層、さらにその上に渋山層堆積物、最上部の褐色の部分は美蔓礫層。三股火砕流と亜炭層は渋山層の構成部分として含められるそうです。(下)
最下部が三股火砕流、その上に亜炭層、さらにその上に渋山層堆積物、最上部の褐色の部分は美蔓礫層。
最下部が三股火砕流、その上に亜炭層、さらにその上に渋山層堆積物、最上部の褐色の部分は美蔓礫層。(上)、芽室川(下)
芽室、上旭付近
牧草地内にある花崗岩の巨石(漂石)。土石流で運ばれたもの(上・下)
御影南5線付近、御影公園
扇状地上に残る微高地地形(上・下)
扇状地上に残る微高地地形(上)、御影公園(下)
御影公園(上)、清水円山展望台(下)
清水、丸山展望台付近
清水円山展望台(上・下)
展望台にたくさんいたヤマキマダラヒカゲ(上)、展望台付近のホルンフェルス(下)
ホルンフェルスの石(上)、清水町の牧草地(下)
山麓緩斜面における土砂・岩石の移動、凍結融解によるソリフラクション(上・下)
風化した花崗岩(上)、上記観察地点付近の風景(下)
ペケレベツ川周辺
上記観察地点付近の風景(上)、ペケレベツ川第1砂防ダム(下)
ペケレベツ川第1砂防ダム(上)、花崗岩の岩塊が転がる河床(下)
ホルンフェルス(上)、花崗岩(下)
ヤチカンバの実生(上)、シラカバの実生(下)
ケショウヤナギの実生(上)、バッコヤナギ(下)
ヤチカンバ(上)、ハムシ(下)
バッタの幼生(上)、テマリツメクサ(下)
ナミテントウ(上)、ムシトリナデシコ(下)
清水公園
清水公園(上・下)
清水町、サカキ建設プラント
三股火砕流(上)、三股火砕流Iと三股火砕流III(下)
三股火砕流Iと三股火砕流III(上)、崖下の水溜まりにいたオタマジャクシ(下)
火砕流中に含まれていた炭化物(上・下)
三股火砕流Iと三股火砕流III(上)、火砕流上部の土層、水の流れを示している。(下)
三股火砕流Iと三股火砕流III(上)、三股火砕流Iの下部(下)
清水町、大和露頭
三股火砕流の大断面(上)、三股火砕流、亜炭層、渋山層が堆積した大和露頭(下)
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十勝自然史研究会のアポイ岳登山に参加。 Climbing Mt. Apoi, joining the bus tour planned by "Tokachi Shizenshi Kenkyuukai (Natural history research group in Tokachi)".
July 6, 2025
7月6日は十勝自然史研究会の催しで、アポイ岳登山に参加しました。グリーンパーク近くの駐車場をバスで6:30頃に出発し、9:00頃にアポイジオパークビジターセンターに到着しました。ジオパークビジターセンターの学芸員さんの説明を受け、センターの見学をしたのち、10時少し過ぎから登山を開始しました。登山はそれぞれのペースで行われたため、私は自然とゆっくりグループに入り、5合目ですでに昼過ぎになったのでそこで昼食を摂りました。その後、5合目まで一緒に来た人たちは下山しましたが、私は馬の背まで行ってみたかったので、再び登り続けました。しかし先に馬の背まで行っていた人たちが降りてきたので、私もそこまでにして下山しました。馬の背では霧のため見通しがきかず寒かったそうです。5合目から馬の背までの途中の道でも、イブキジャコウソウなど2、3種類の花を見ることができました。チョウはたぶんミドリヒョウモンとアカマダラを見ることができました。1991年に小学校3年と1年の長女と長男とともにアポイ岳の頂上まで登りましたが、今となっては当時頂上まで登れたことが驚異的なことであったように思われます。
コメント1:おつかれさま!無事に帰還できて何よりです、ホッとした。34年前に頂上まで行けたのは、かなり頑張ったんだね。しんどかったもん、子どもなりに。
返信1:STさん、5合目から馬の背までの道はかなりの急斜面でした。今日は誰も頂上には行きませんでしたが、頂上への道もきついそうです。私は馬の背の手前で引き返しましたが、今の私のペースは標準時間の2倍以上かかっているように思います。1991年には、特に他の人に遅れることもなく往復できたのですごいことだと思います。
コメント2:低い山ですが海面近くから登るので標高差が結構あります。海が見えるいい山ですが、頂上が林になっています。多分、頂上まで登るための時間割と時期を考えれば登れると思いますが、問題は下山でしょうね.....下山のスケジュールをちゃんと決める必要があると思います。
しかし…..高校の時は山岳部で、大学は探査会で登ってきたせいで、参加者の登山レベルがまちまちなグループ登山で、バラバラになってしまう登山は生理的レベルでちょっと怖いですね....そうなりがちなのも、ずっとそうやってきたのもわかりますが。
返信2:YI さんさん、コメント有難うございます。私も下山してきた人たちと一緒に降りてきて良かったと思います。5号目までの下山時は石と石の段差が大きくて危険でした。
早朝のグリーンパーク。6時前。(上)、大樹でトイレ休憩。(下)
様似町の海岸(上)、様似町役場前の岩石標本園にて。ハルツバージャイト。(下)
ハルツバージャイトとは、上部マントルで玄武岩質マグマを生じ、マグマ成分に枯渇した溶け残りかんらん岩。
様似町役場前の岩石標本園にて。噴水。(上)、英語説明板。(下)
ハルツバージャイト。(上)、岩石標本園銘盤。(下)
ハルツバージャイトとは、上部マントルで玄武岩質マグマを生じ、マグマ成分に枯渇した溶け残りかんらん岩。
ダナイト。(上)、ハルツバージャイト(ダナイト脈を含む)。(下)
ダナイトとは、上部マントルを通過した玄武岩質マグマの通路(マグマチャンネル)でできたかんらん岩。少量の斜方輝石(褐色)、単斜輝石(緑色)、しばしば巨晶かんらん石を含む。
ハルツバージャイト。(上)、ダナイト。(下)
様似町役場前の岩石標本園にて。ダナイト。(上)、縞状紫蘇輝石片麻岩。(下)
他に、写真を撮り忘れたが、レルゾライトも展示されていた。レルゾライトとは、玄武岩質マグマ成分にやや枯渇した溶け残りかんらん岩。赤紫色の薄層の中に、ざくろ石の分解物(輝石ースピネルのシンプレクタイト)を特徴的に含む高圧タイプのかんらん岩。
アポイ岳ジオパークビジターセンター。(上)、白頭山-苫小牧(B-Tm)テフラ(10世紀前半)、十勝c(To-c)テフラ(2500-3000 yBP)、津波堆積物などが含まれる土壌断面標本(モノリス)。浦河町と様似町の町境付近で調査、作成したもの。(下)
ビジターセンター前に飾られていたアポイハハコのジオラマ。(上)、入山届け記入場所。10:17頃。(下)
麓の登山路を進むメンバー。10:28頃。(上)、途中の第3休憩所。11:05頃。(下)
第4休憩所。ニホンザリガニが生息する谷川。11:27頃。(上)、ミズナラとアカエゾマツが絡む木立。11:36頃。(下)
第5休憩所付近。11時53分。(上・下)
5合目避難小屋付近。12時19分(上)、お弁当を食べる運転手さんと、ゆっくり組の道連れ。(下)
5合目付近の標高380m。アポイ岳の標高は810mなのでまだ430mもあります。12時28分。((上)、エゾノカワラマツバ(アカネ科)。13時23分。(下)
ミドリヒョウモン。12時55分。(上・下)
フタスジチョウ。13時4分。(上)、イブキジャコウソウ(シソ科)。12時24分。(下)
イブキジャコウソウ(シソ科)(上)、エゾノカワラマツバ(アカネ科)。13時12分。(下)
アポイアザミ(キク科)。13時14分。(上・下)
登山路の蛇紋岩。13時18分。(上)、タカネノガリヤス(イネ科)。13時32分。この付近から下山開始。(下)
サマニオトギリ(オトギリソウ科)。13時34分。(上)、ヒメマイマイ(Ainohelix editha)。山麓の湿った登山路にて。第3と第4休憩所の中間付近。11時21分。(下)
下山中、馬の背と5合目の間の登山路沿いで見たフタスジチョウ。13時52分。(上・下)
下山中、麓の登山路沿いで見たツルアリドオシ(アカネ科)。15時2分。(上)、薄黄色の苔(種類不明)。15時6分。(下)
アポイ岳周辺地形図。国土地理院2万5千分の一地形図より。
"1991年に子供たちと登ったアポイ岳登山の写真"
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十勝自然史研究会の巡検で、十勝川上流方面の三股火砕流と基盤岩を観察。 Observing "Mitsumata" pyroclastic flow and "Shibusan" sedimentary layers and basal rocks of Hokkaido in the upper stream area of Tokachi river by joyning the excursion of "Tokachi Shizenshi Kenkyuukai (Natural history research group in Tokachi)".
July 12, 2025
7月12日は十勝自然史研究会の野外巡検に参加し、十勝川の上流方向に行きました。6月21日の巡検でも見た十勝三股火砕流を上流側に追い、前回見ることができなかった2番目と4番目の火砕流および三股火砕流よりも下にあるオサルシナイ層などを見学しました。十勝川の上流部ではまだ日高山脈や大雪山ができる2000万年以上前の海底でできた基盤岩を見ました。基盤岩が山深いところで見つかるというのも面白いことだなと思いました。また、上流部から帰ってくる途中、川の沢ごとに河原に堆積した礫の色や種類が異なることを確認しました。いろいろわからない用語なども飛び交って頭が混乱しています。山の中の川沿いではめずらしいチョウもたくさん見ることができました。
集合時間前と帰着後の緑ヶ丘公園。7:55 - 8:00
百年記念館の西側の通り(上)、朝の十勝池(下)
カンパニュラ(上)、17時過ぎの十勝池(下)
屈足27号露頭とその西側の三股火砕流IIの露頭。地点①、9:36 - 9:52
地図1:屈足27号露頭観察地点①と十勝川河岸のオサルシナイ層観察地点⑨
No. 1, 2, 8, 9 地点の地質図
屈足27号露頭(上・下)
屈足27号露頭(上・下)
屈足27号露頭におけるそれぞれの層の説明。
三股火砕流の各層 I, II, III, IV は約100万年前にほぼ同時に噴出し堆積したものである。
三股火砕流の上には場所によって渋山層の主部(100万年-75万年前)が堆積している。
渋山層の上には美蔓礫層(75万年-50万年前)が堆積している。帯広南部では光地園礫層がこれに対応している。
三股火砕流IIの露頭。火砕流IIは固結している。(上・下)
屈足27号露頭における三股火砕流II層の位置。
。
屈足湖岸の柱状節理を成す凝灰岩状の三股火砕流。地点②、 10:00 - 10:16
地図2:柱状節理を成す凝灰岩状の三股火砕流②と岩松砕石場⑧
柱状摂理を成す固結した凝灰岩状の三股火砕流
柱状摂理を成す固結した凝灰岩状の三股火砕流(上・下)
くったり発電所の案内図(上・下)
くったり発電所の案内図(上)、ガンケ、カムイロキの地名由来(下)
丸山火山方向の眺めとトムラ集落の小中学校
および山の交流館とむら。地点③、 10:50 - 11:03
地図3:山の交流館とむら③、805峰川⑥、ピシカチナイ川⑦
バスから見えた丸山火山方向の山々。ウペペサンケ山(上)、丸山(下) 10:43
バスから見えた丸山火山とウペペサンケ山の方向。 10:43
富村小・中学校(上・下)
富村郵便局兼山の交流館とむら(上)、トムラウシ山を中心とする山々の案内図(下)
山の交流館とむらを出発しニペソツ川を渡る。 11:06
シイ十勝川の河床と基盤岩。地点④、 11:28 - 12:00
地図4:シイ十勝川の河床④、トムラウシ川の頁岩崩積地点⑤
両地点の正確な位置はわかりませんでしたので、想像で記しました。
詳しい地点をご存じの方はお教えください。
No. 4, 5 地点の地質図
川を見るメンバー(上)、上流方向(下)
下流方向(上)、上流方向(下)
基盤岩の砂岩・泥岩の互層(タービダイト)(上・下)
基盤岩の砂岩・泥岩の互層(タービダイト)(上・下)
シー十勝川の河床の植物。地点④
ミヤマウツボグサ(上)、キツネノボタン(下)
キツネノボタンにとまる種類不明の蛾(マエチャマダラメイガまたはアカマダラメイガ?)(上・下)
ミヤマウツボグサ(上)、オオバコ(下)
シー十勝川の河床のチョウ。地点④
エゾスジグロシロチョウ(上・下)
エゾスジグロシロチョウ(上・下)
エゾスジグロシロチョウ(上・下)
サカハチチョウ(上)、ミドリヒョウモン(下)
ミドリヒョウモン(上・下)
ミドリヒョウモン(上)、コムラサキ黒型(下)
コムラサキ黒型(上・下)
エゾスジグロシロチョウ(上)、上流方向(下)
トムラウシ川沿いの頁岩が崩積する沢。地点⑤、 12:20 - 12:30
頁岩が堆積する谷(上)、頁岩(下)
ミドリヒョウモン(上・下)
ミドリヒョウモン(上・下)
サカハチチョウ(上・下)
サカハチチョウ(上・下)
この間、山の交流館とむらにて昼食をとりました。地点③、 12:45 - 13:15
粘板岩の礫が崩積する沢。805峰川。地点⑥、 13:36
地図5:805峰川⑥、ピシカチナイ川⑦
No. 3, 6, 7 地点の地質図
恵雲橋(上)、橋の下の黒い粘板岩の礫(下)
花崗岩の礫が崩積する沢。ピシカチナイ川。地点⑦、 13:45 -14:00
道路際に生えていたオカトラノオ(上)、橋の下の石(花崗岩)を調べるメンバー。ホルンエルスの石も見つかる。(下)
岩松採石場。粘板岩とマンガン質の石灰岩を産出。地点⑧、 14:30 - 14:45
粘板岩とマンガン質の石灰岩の露頭(上・下)
屈足の十勝川河畔のオサルシナイ層。地点⑨、 15:20 - 16:00
地図6:屈足の十勝川河畔、地点⑨
屈足の十勝川河畔のオサルシナイ層とその上の礫層(上・下)
屈足の十勝川河畔のオサルシナイ層とその上の礫層(上・下)
屈足の十勝川河畔のオサルシナイ層とその上の礫層。
河原の砂に混じる紫色の石英。十勝岳由来の火砕流に含まれていたもの。(上)、亜炭(下)
オサルシナイ層に含まれる亜炭(上)、ペンケニコロ熔結凝灰岩由来の礫(下)
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然別火山群山麓の地質見学。 Geological excursion to the foot-area of Shikaribetsu mountains.
September 6, 2025
9月6日は十勝の自然史研究会の地質講座(バスによる現地研修)で、鹿追・然別方面の流れ山(火山噴火で放出された岩石が小山状に堆積した熱雲堆積物)を4箇所で観察しました。またパラメム展望台という農協直営牧場内の高台に行き、南東方向から西・東ヌプカウシヌプリ、岩石山、白雲山、天望山などの新期然別火山群を見渡しました。簡単には行けないような奥深い所でしたが、眺めは非常に良かったです。
その後岩石山、白雲山の南の山麓にあるヌプカの里でそれぞれのお弁当を食べました。昼食後は自衛隊の演習場を大きく迂回して然別湖方面に行きました。そこでは風穴地形、千畳崩れなどの説明を受けました。始めは駒止湖の東側を通る遊歩道を歩いて下る予定でしたが、時間が足りなくなったので、重要な地点の説明を幹線道路沿いから受けるだけになりました
新期然別火山群が6万年前から1万年前に噴火した非常に新しい火山であることを知ることができました。
百年記念館西側の木立にいたエゾリス(上・下)
道の駅音更でトイレ休憩。(上)、バスの車窓から見えた然別火山群。士幌町上音更にて。(下)
① 新開熱雲堆積物の流れ山を観察した場所。士幌町上音更西12線34号付近。
新開の流れ山。(上・下)
新開の流れ山。(上・下)
新開の流れ山とローム層。(上・下)
新開の流れ山。(上)、栄進の流れ山。(下)
② 栄進の流れ山付近。送電線の下。
パラメムの展望台からの眺め。(上・下)
パラメムの展望台からの眺め。(上・下)
パラメムの展望台からの眺め。(上・下)
パラメムの展望台からの眺め。(上・下)
③ パラメムの展望台。
東ヌプカ(上)、岩石山と白雲山(下)
天望山(上)日高山脈(下)
東ヌプカの南斜面(上)、東ヌプカ(下)
④ 士幌農協新田牧場、⑤ ヌプカの里。
ヌプカの里(上)、士幌農協新田牧場の管理棟(下)
新田牧場の管理棟裏の流れ山断面(上・下)
新田牧場の管理棟裏の流れ山断面(上・下)
新田牧場の管理棟裏の熱雲堆積物(上)、ヒヨドリバナ(下)
ヌプカの里にたくさんいたマダラナガカメムシ(上)、ヌプカの里で記念写真。(下)
扇ガ原展望台からの眺め。扇ガ原を中心とする山麓斜面は西ヌプカウシヌプリ由来の熱雲堆積物から成っています。(上・下)
ススキの穂(上)、扇ガ原展望台の案内地形図。(下)
然別湖畔からの眺め。天望山と白雲山(上)、観光船乗り場。(下)
⑥ 扇ガ原展望台、⑦ 駒止湖北側、⑧千畳崩周辺
ゴゼンタチバナ(上)、シャクナゲの仲間(下)
ミヤマアキノキリンソウ(上)、ゴゼンタチバナ(下)
風穴(上)、?フウロ草(下)
ゴゼンタチバナ(上)、風穴(下)
千畳崩(上・下)
エゾオヤマリンドウ(上・下)
ミヤマアキノキリンソウ(上)、ススキと笹原(下)
ダケカンバ林と笹原(上)、東ヌプカウシヌプリ中腹の岩屑地帯(下)
東ヌプカウシヌプリ山麓のダケカンバ林(上・下)
西ヌプカウシヌプリ山麓のススキ・笹原とダケカンバ林(上・下)
見学地点一覧:① 新開熱雲堆積物の流れ山、② 栄進の流れ山、③ パラメム展望台、
④ 士幌農協新田牧場管理棟、⑤ ヌプカの里、⑥ 扇ガ原展望台、⑦ 駒止湖北側、⑧千畳崩周辺
バスの中で説明して頂いたパンケチン熱雲堆積物の位置: 中央よりやや西側の標高423.7mの小山。
バスの中で説明して頂いたパンケチン熱雲堆積物の位置: 中央よりやや西側の標高423.7mの小山。上の地形図と対比してください。
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百年記念館主催の南十勝のジオツアーに参加。 Joining the geo-tour in the southern Tokachi area sponsored by the Centennial Museum of Obihiro.
September 13, 2025
9月13日は帯広百年記念館主催(十勝の自然史研究会共催)の「南十勝のジオツアー」に参加しました。歴舟川沿いの3箇所で、1000万年から500万年前に形成された海成層の堆積物を観察しました。この時代は太平洋プレートとユーラシアプレートが衝突し日高山脈が隆起し始めた時代です。ヒゲクジラの化石や貝類の化石も見つかっています。その後、晩成海岸付近のナウマン象発掘地点を観察し、忠類のナウマン象記念館を見学しました。ここではナウマン象もケナガマンモスも発見され、数次にわたる発掘が現在も続けられており、新たな知見が得られているそうです。
往復のバスの中では十勝の段丘地形について景色を眺めながら詳しく説明して頂きました。歴舟川沿いを詳しく見るのは初めてだったので大変勉強になりました。天気はツアー中は曇りでしたが、百年記念館に帰ってきた頃から雨になりました。
集合時間前に緑ヶ丘公園内を散歩しました。十勝池。(上)、十勝池の南の人工水路と滝。(下)
十勝池の南の人工水路と滝。(上)、ミズヒキ。(下)
野草園。(上)、シラヤマギク。(下)
野草園入口付近に生えていたキノコ。(上)、彫刻の径で見たエゾリス。(下)
彫刻の径。(上)、児童館前のカツラ。(下)
歴舟川中流の相川橋。(上)、相川橋の北側。(下)
相川橋の北側の河原。ヒゲクジラの化石が発見された場所。(上)、川の左岸(右側)の崖でヌピナイ層(約1300万年前)が見られますがここでは河原に降りませんでした。(下)
相川橋の向こう側で乗客を待つバス。(上)、相川橋の下流側。(下)
カムイコタン公園の駐車場。(上)、カムイコタン公園キャンプ場の向こう側を歩く参加者。(下)
道端に咲いていたミヤマアキノキリンソウ(コガネギク)。(上)、神威大橋。(下)
対岸(右岸)の崖。豊似川層。(上)、対岸(右岸)の崖。護岸工事の場所。(下)
神威大橋。(上)、対岸(右岸)の崖。(下)
大樹層の観察場所と尾田橋。(上)、大樹層(約500万年前)の珪藻質シルト岩。(下)
大樹層(約500万年前)の珪藻質シルト岩。(上)、対岸(右岸)の崖。(下)
豊似川層の観察場所。(上)、豊似川層:年代的には大樹層と尾田村層(約1000万年前)の中間。(下)
巨礫を埋め込んだ豊似川層。(上)、豊似川層下部。(下)
豊似川層下部。(上)、河原にいたエルタテハ。(下)
尾田村層(約1000万年前)の上部。(上)、尾田村層(約1000万年前)の下部。(下)
尾田村層は外洋性貝化石を含む硬質頁岩が主体で、砂岩、シルト岩、凝灰岩を頻繁に含む。(上)、豊似橋。(下)
尾田村層。(上)、豊似川層。(下)
豊似川層。(上)、河原で風化していた珪藻質シルト岩。(下)
カムイコタンの河原で拾った石:摩耗した珪藻質シルト岩。(上)、片麻岩。(下)
流木。(上)、エゾノコンギク。(下)
ゲンノショウコ。(上)、ツリガネニンジン。(下)
大樹町中心部の国道にかかる大樹橋。(上)、コウゾリナ?(下)
大樹層の観察場所。(上)、河原に落ちていた大樹層の岩板。(下)
大樹層の累層。(上)、表面が崩れた大樹層。(下)
イヌタデ。(上)、ムシトリナデシコ。(下)
オオイタドリの花。(上)、イラクサの花。(下)
大樹町の海岸の津波層の剥ぎ取り標本。バスの中で回覧して頂いたもの。(上・下)
晩成のナウマン象発掘現場。(上・下)
晩成のナウマン象発掘現場。説明して下さった澤村会長。(上・下)
中類ナウマン象記念館。(上・下)
中類ナウマン象記念館。発掘されたナウマン象の骨のレプリカの展示。(上・下)
日本にいたゾウの歴史。(上・下)
晩成で発見されたナウマン象。近くの別の場所で死んでいたものが土石流によって運ばれたものらしい。(上)、帯広動物園で飼われていたインドゾウ「ナナ」の頭骨。(下)
日高山脈のパノラマ写真。(上・下)
日高山脈北方のパノラマ写真。(上)、ナウマン象親子の像とナウマン象記念館。(下)
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稲田町西2線道路工事現場で恵庭火山灰層、支笏第一軽石層と植生を観察。 Watching the soil profile and vegetation along the road construction sites.
September 8, 2021.
2021年9月8日の午後、畜大前から高速道路川西インターへ向かう道の拡張工事と農業高校前から北斗病院までの道路を拡張する工事が始まったので様子を見てきました。主要な火山灰層を全て確認できます。土壌断面標本(モノリス)を作ったら参考になるなと思いましたが、退職した今となってはかなわぬことです。農業高校から北斗病院までの道の拡張では「北海道自然環境保護条例にもとづく環境緑地保護地区」のカシワ林が少し削られました。
It is beside the road in front of Obihiro University of Agriculture and V. M. Now the road is under construction work for enlargement, as it is connected to the high way.
8. September, 2021.
This soil is andisol (andosol) composed of various volcanic ash layers. The oldest one (Spfa-1) fell around 40,000 years ago from Shikotsu volcano. The second oldest one (En-a) fell 17,000 years ago from Mt. Eniwa. Following volcanic ash layers are from Mt. Tarumae fell around 9,000, 3000, and 300 years ago, designated Ta-d, Ta-c, Ta-b, respectively. The Spfa-1 and En-a volcanic ash layers are both composed of white coarse textured, unweathered ash layer and yellow-brown colored, fine textured, weathered layer. The lowest layer is dark colored, and it is considered to be the former paleo-alluvial layer.
8. September, 2021.
上: 学園通り沿いのカシワ林が削られました。
下: カシワの切り株。
8. September, 2021.
学園通り沿いのカシワ林。
8. September, 2021.
上: カシワ林から流れ出している小川。
下: カシワ林の道路向こう(北側)でも掘削工事が行われていました。
8. September, 2021.
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恵庭古砂丘の土壌断面を観察。 Observation of a soil profile on the paleo-sand-dune of Eniwa tephra.
September 10, 2023
2023年9月10日の午後は畜大前の道路拡幅工事で現れた土壌断面を見てきました。古砂丘に相当する地形部分で17,000年前に降った恵庭火山砂が厚く堆積していました。日曜日なので工事はしておらず、ゆっくりと見ることができました。
2021年9月8日にも、この現場から約300m北のローソン前交差点付近で同じく道路拡幅の際に現れた土壌断面を観察しました。その際には恵庭火山砂層の下に支笏軽石層(Spfa-1)も見ることができました。下記の記事を参照してください。
"2021年9月8日の記事"
(上)、(下)。
10. September, 2023
(上)、(下)。
10. September, 2023
(上)、(下)。
10. September, 2023
(上)、(下)。
10. September, 2023
(上)、(下)。
10. September, 2023
(上)、(下)。
10. September, 2023
(上)、(下)。
10. September, 2023
(上)、(下)。
10. September, 2023
(上)、(下)。
10. September, 2023
(上)、(下)。
10. September, 2023
(上)、(下)。
10. September, 2023
(上)、(下)。
10. September, 2023
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畜大農場東側の道路工事現場で火山灰層を観察。 Observing volcanic ash layers beside the construction site of a road to the east of OUAVM farm.
September 15, 2025
9月15日朝からエゾリスの会の活動がありました。早めに自転車で家を出たので、畜大牧場の東側を通る西1線道路の拡幅工事によって現れた土壌断面を見ることができました。この工事は2021年に始まり、毎年300mくらいずつ進行していますが、2021年と2023年にも道路脇の土壌断面を見ることができました。2021年と2023年には帯広農業高校側の土壌断面でしたが、今年は畜大側の土壌断面でした。恵庭火山灰と支笏火山灰が明瞭に認められ、その上にそれらの火山灰が風化したローム層が乗っていました。支笏火山灰の層には凍結凍上による撹乱が見られました。
2021年と2023年の土壌断面観察および十勝平野に降った火山灰に関する説明については下記の記事をご覧ください。
2021年9月8日の記事
稲田町西2線道路工事現場で恵庭火山灰層、支笏第一軽石層と植生を観察。 Watching the soil profile and vegetation along the road construction sites.
2023年9月10日の記事
恵庭古砂丘の土壌断面を観察。 Observation of a soil profile on the paleo-sand-dune of Eniwa tephra.
十勝平野に降った火山灰についての説明
十勝平野に降った火山灰と火山灰に刻まれた歴史。 Volcanic ash tephra fallen in Tokachi plain and the geo-history revealed by the tephra.
南方の草地部分の土壌断面。作土層、恵庭ローム層、支笏第1ローム層(支笏第1軽石層Spfa1)が重なっています。ここでは恵庭火山砂が見られませんでした。支笏ローム層の下に散らばった石は工事のために入れられたものと思います。(上・下)
南方の草地部分の土壌断面。上の写真と同じ場所。(上)、少し北側の馬の放牧場の土壌断面。ここは古砂丘地形を成しています。薄い作土層、恵庭ローム層、恵庭火山砂、支笏第1ローム層(支笏第1軽石層Spfa1)が重なっています。この層の最下部で白ないし灰色の土が波打って堆積していますが、これは後日調べたところ、上部の恵庭火山砂がこぼれてたまったものと判明しました。(下)
プラウで撹乱された作土層、恵庭ローム層、恵庭火山砂(En-a)、支笏第1ローム層(Spfa1)が重なっています。支笏第1テフラについては粒径が多少大きいことから軽石層と命名されていますが、帯広にはそれほど大きな粒子は降ってきていません。(上)、土壌断面下部。縞状(ラミナ状)に重なった恵庭火山砂(En-a)、支笏第1ローム層(支笏第1軽石層Spfa1)が重なっています。(下)
恵庭火山砂が撹乱されて堆積した場所。風によって運ばれてきた火山砂が何らかの障害物に当たってうず高く溜まり始めると、さらにそこに砂が溜まりやすくなったものと考えられます。
上の写真と同様です。(上)、恵庭火山砂が撹乱されて堆積した場所。(下)
土壌断面全体の写真です。左側に大きな土塊ありました。これは、法面の表面を平にするために工事で土を埋め込んだ可能性も考えられましたが、土塊の周りの土壌層位が乱されていないことと、特に樽前d火山灰層よりも上の層が乱されていないことから古代人の住居跡の可能性もあると考えます。
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道路工事現場の土壌断面を再び観察。 Observing again the soil profile beside the construction site of a road.
September 20, 2025
9月20日は畜大農場の東側の道路拡幅工事で現れた土壌断面をもう一度じっくり観察しに行ってきました。私の前回のホームページの記事を読んでくださったK先生の依頼によるものです。前回はエゾリスの会の活動に向かう途中に立ち止まって写真を撮っただけでしたが、今回は土曜日で工事も行われていなかったので落ち着いて観察することができました。
前回、土壌断面の一番下に見られた支笏第一軽石層の一次堆積物の上端と推察した部分は、上から流れ落ちた恵庭火山砂であったことがわかりました。その部分の砂を払い除けたところ、支笏第一軽石層に特有の「おが屑」状の土壌粒子が認められました。
ただし、2021年の観察結果によれば、支笏第一軽石層の下部には一次堆積した白色の層があることを確かめていますので、ここでももっと深いところまで掘削すれば白い層が出てくる可能性があります。
ここでは最上部の作土層が非常に薄く、その下に腐植層とローム層が交互に繰り返して現れる層がありました。これは、かつて反転客土という土層改良工事が行われたことを示しています。
火山砂がラミナ状に堆積した恵庭火山砂層はここでは非常に厚かったですが、これは噴火直後にはせいぜい10cm程度の降灰であったものが、その後長い時間の間に風で運ばれて再堆積したものと考えられます。このように火山灰が厚く溜まった場所を「古砂丘」と呼んでいます。
厚い火山砂層のなかには大陸から偏西風によって運ばれてきた黄砂も混じっています。また、火山砂層の上部ほど風化が進んで黄色から褐色に変わっています。風化が進んで細粒化し、黄砂も多く混じった部分は恵庭ローム層と呼ばれており、土壌構造の違いによってローム層の下部はボール状ローム、上部はソフトロームと呼ばれています。
また土壌断面内に埋め込まれた大きな土塊状のものは、法面の表面を平にするために工事で土を埋め込んだ可能性も考えられましたが、土塊の周りの土壌層位が乱されていないことと、特に樽前d火山灰層よりも上の層が乱されていないことから古代人の住居跡の可能性もあると考えます。
後日、帯広百年記念館の学芸員さんから伺ったところ、これらの土塊は、工事に先立って考古学的な発掘調査を行うため掘った穴を埋め戻したものであることがわかりました。工事の法面がこれらの穴を斜めに切っているので、上部の土壌層位は乱れておらず、その下に埋め戻した土塊が現れたわけです。
古砂丘部の土壌断面。
1; 作土層
2: プラウによる反転の跡がある作土下層土。
3: 恵庭ソフトローム層
4: 恵庭ボール状ローム層
5: 恵庭火山砂 (風化が進み褐色が濃くなっているがラミナもはっきりと認められる。)
6: 恵庭火山砂 (淡褐色。ラミナがはっきりと認められる。)
7: 恵庭火山砂 (灰色。降灰初期に堆積した部分。)
8: 支笏第一軽石層。(さらに下層まで続く。)
上の写真の説明と同様。土塊の周りの土壌層位が乱されていないことと、特に樽前d火山灰層よりも上の層が乱されていないことから古代人の住居跡の可能性もあると考えます。
後日、帯広百年記念館の学芸員さんから伺ったところ、これらの土塊は、工事に先立って考古学的な発掘調査を行うため掘った穴を埋め戻したものであることがわかりました。工事の法面がこれらの穴を斜めに切っているので、上部の土壌層位は乱れておらず、その下に埋め戻した土塊が現れたわけです。
土壌断面上部
土壌断面下部
作土層 Ap 層が厚く残っていた場所。ここは古砂丘の頂部からは少し離れていた。作土層の下には、恵庭ローム層との間に濃い褐色の樽前d (Ta-d, 9000年前に降灰) 火山灰層が認められた。その下には恵庭ローム層が厚く堆積していたが、ここではラミナ状の恵庭火山砂層が認められなかった。恵庭火山砂層(En-a)と支笏第一軽石層(Spfa-1)起源のローム層は恵庭ローム層の下に隠れているものと思われる。
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畜大農場東側の道路工事現場の土壌断面。 Soil profiles at the road construction site to the east of OUAVM farm.
September 28, 2025
エゾリスの会の活動に向かう途中、畜大農場東側の道路工事現場の土壌断面を見ました。工事はだいぶ進行していましたが、土壌断面はまだ見ることができました。
9月20日に詳しく観察した場所をはさんで、南から北に向けて連続的に土壌断面の写真を撮りました。
土壌断面の表面および下部は上から崩れ落ちた土で汚れていますが、おおまかに土壌層位の推移を観察することができました。
古砂丘の頂部で恵庭火山砂層が厚くなっている様子がわかります。
道路の側溝工事。南側。(上)、道路の側溝工事。北側。(下)
古砂丘部位の南側。ここでは作土層があまり乱れておらず、恵庭火山砂層も薄い。(上)、上の写真の土壌断面と連続した北側。(下)
上の写真の土壌断面と連続した北側。この写真の右側から恵庭火山砂層が次第に厚くなる。(上)、上の写真の土壌断面と連続した北側。右側に土塊がある。(下)
上の写真の土壌断面と連続した北側。写真左側に土塊がある。恵庭火山砂層がさらに厚くなる。(上)、恵庭火山砂層が最も厚くなっている部位(下)
上の写真の土壌断面と連続した北側。恵庭火山砂層が次第に薄くなり始める。作土層が天地返しによって乱れている。(上)、恵庭火山砂層が次第に薄くなり始める。作土層が天地返しによって乱れている。9月20日に観察したのはこの写真の右端の部位。(下)
上の写真の土壌断面と連続した北側。再び土塊がある。9月20日に観察したのは土塊のやや左側。(上)、上の写真の土壌断面と連続した北側。恵庭火山砂層は土塊の部分で上端が乱れているが、その両脇ではほぼ同じ厚さ。(下)
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畜大牧草地東側土壌断面内の土塊が意味するもの。 What is suggested by the soil clods in the soil profile to the east of OUAVM grassland.
October 20, 2025
10月20日は昼休みにミニバレーがあったので、畜大牧草地東側の西2線道路の工事現場を通りました。側溝工事でできた土壌断面の北半分に相当する古砂丘地形部の土壌断面には約10メートルおきに3箇所ほど土塊を埋め込んだようなものがあります。土塊の下端は恵庭火山灰層(19,000年から21,000年前に降灰)に潜り込むかその上端をかすめるような位置にあり、上端は樽前d火山灰層(約9000年前に降灰)の下にあります。
私は最初これらの土塊は工事によって造られたものかもしれないと思いましたが、土塊の直近の土壌層位が乱れていないこと、土塊の上の土壌層位が乱れていないことから、これらの土塊は縄文草創期の住居跡の可能性があると考えました。
帯広百年記念館の学芸員さんに伝えて調査をお願いしました。工事がだいぶ進んできてしまっているので調査が困難かもしれませんが、詳しいことが解明されるといいなと思います。
後日、帯広百年記念館の学芸員さんから伺ったところ、これらの土塊は、工事に先立って考古学的な発掘調査を行うため掘った穴を埋め戻したものであることがわかりました。工事の法面がこれらの穴を斜めに切っているので、上部の土壌層位は乱れておらず、その下に埋め戻した土塊が現れたわけです。
道路工事現場の南側。この部分の側溝工事はだいぶ進んでいます。古砂丘部分は前方のパワーショベル付近。(上)、南側から1番目の土塊。(下)
南側から2番目の土塊。(上)、南側から3番目の土塊。(下)
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総会(2025年12月6日)で頂いた鉱物標本。 Mineral specimens given at the annual general meeting on December 6, 2025.
December 7, 2025
2025年12月6日に総会が行われました。その際、出席者それぞれに数個ずつの鉱物(岩石)標本が恵与されました。私が頂いた鉱物標本3個の写真を載せておきたいと思います。
トーナル石、井上 隆氏より恵与。
かんらん石単斜輝岩、井上 隆氏より恵与。
緑簾石(りょくれんせき)、澤村 寛氏より恵与。
かんらん岩、足寄動物化石博物館で購入し研磨したもの。
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2026年第1回室内講座「わが家の石ころ」。 The first seminar "My stone" on April 19, 2026.
April 19, 2026
2026年4月19日には自然史研究会の今年第1回目の室内講座が行われました。講師は会員の岡崎智鶴子さんで、テーマは「わが家の石ころ」でした。この室内講座では、岩石の判別法について岡崎智鶴子さんから基本的な講義を受けたのち、グループに分かれて各自が持ち寄った石について皆で同定し合いました。私は十勝池の南側の報徳庭に置いてあるテーブルと椅子がどのような石から作られているのか興味があったため、あらかじめ事務局の人に伝えておいたところ、講座活動の最後に皆で現場に行って、岩石の知識に詳しい会員の伊藤隆幸さんから説明を受けることができました。伊藤さんの説明によればこの石は非常に深いところでできた結晶片岩であり、緑泥石片岩の部分、緑簾石の部分、藍閃石(青色片岩)の部分があり、また岩の割れ目に石英が析出しているとのことでした。またこのテーブルと椅子の周りには、黒曜石、珪岩、泥岩質のホルンフェルスなどの石も置いてありました。
説明を受けた後、他の会員さんがテーブルの台座の部分に、この石は帯広市の友好都市である徳島市から贈られたものであることが書いてあることに気づきました。
徳島県の銘産の石に「阿波の青石」があり、帯広に贈られた石もこの「阿波の青石」であることがわかりました。徳島市図書館のウェブサイトにこの石に関する説明がありました。
https://library.bunmori.tokushima.jp/digital/webkiyou/05/0504.htm
この石は徳島市内の眉山や佐古大谷に産するものであり、緑泥片岩として分類される変成岩であるとのことでした。またこの石が産出する地質帯は、中央構造線のすぐ外側の三波川変成帯に属しています。
三波川変成帯の岩石は、板を重ねたような「結晶片岩」類です。付加体の岩石が、白亜紀に地下15~30kmで、低温高圧型の変成岩になり、のちに地表に露出したものです。
"阿波の青石 - 徳島市図書館のウェブサイト"
報徳庭の石のテーブル
報徳庭の石のテーブルの台座に記入してあった徳島市からの寄贈の記録。
報徳庭の石の椅子_1
報徳庭の石の椅子_2
報徳庭の黒曜石
報徳庭の珪岩
報徳庭の泥岩質のホルンフェルス
報徳庭の泥岩質のホルンフェルス(一部割れていた部分を観察したもの)。
室内講座で頂いた青色片岩の標本。青色片岩はマグネシウムを多く含む結晶片岩であり、暗い色になります。藍閃石と同じものであり、ちょうど報徳庭のテーブルや椅子にも青色片岩の部分が含まれていることから、タイミングの良い恵与品となりました。
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2026年道内研修旅行「日高一周」。 Study tour in Hokkaido, 2026: "A tour around Hidaka mountain range" on May 23-24, 2026.
May 25, 2026
5月23日から24日にかけて、十勝の自然史研究会の道内研修で、日高山脈の周りを1周し、山脈の東側、南側、西側でそれぞれ産出する様々な岩石(主に火成岩と変成岩)を見てきました。アポイ岳の南の幌満の海岸(日高耶馬溪)では太平洋プレートとユーラシアプレートがぶつかりあっている場所も見てきました。日高側からの山の眺めは、特に様似町のエンルム岬から見たアポイ岳、吉田岳、ピンネシリ岳の山並みと、浦河町船越のセイコーマートおよび三石町の道の駅から見た日高山脈南部の眺めが素晴らしかったです。2日間にわたって説明はアポイジオパーク認定ガイド、アポイ岳地質研究所所長の島田哲也さんが丁寧にわかりやすくして下さいました。2日目は天候の崩れが心配されましたが最後の見学地まで雨に降られずに良かったです。
全行程のGPS-map (pdf ファイル) Click !
訪問地点のGoogle-map (pdf ファイル) Click !
研修旅行から帰ってきてから見つけたものですが、下記の文献にえりも町および日高山脈の地質についてわかりやすくまとめてありました。
えりも町ふるさと再発見−1_地球を見よう (pdf ファイル) Click !
5月23日の行程
黄金道路全通記念碑付近の地質図
えりも町境浜海岸 殉職記念碑(上)、 黄金道路全通記念碑(下)
記念碑が置かれた海岸沿いの崖(上)、 近藤重蔵 蝦夷地山道開削二百年記念碑(下)
近藤重蔵 蝦夷地山道開削二百年記念碑の説明板(上・下)
目黒トンネルの北側、記念碑前の境浜海岸。花崗岩質の石が多い。(上・下)
えりも町庶野、襟裳公園線沿いの海岸 千平岩礁付近の地質図
えりも町庶野、襟裳公園線沿いの海岸 千平岩礁で見学場所に向かう会員(上)、 千平岩礁。(下)
千平岩礁。(上)、ハマエンドウ (下)
千平岩礁。(上)、 黒雲母片麻岩とトーナル岩が接している岩体(下)
黒雲母片麻岩とトーナル岩が接している岩体(上・下)
黒雲母片麻岩とトーナル岩が接している岩体(上)、 千平岩礁上の草地に咲いていたナンブイヌナズナ(下)
えりも岬(上・下)
えりも岬から北の海岸の眺め(上)、 ミヤマアズマギク(下)
ミヤマアズマギク(上)、 ミヤマキンバイ(下)
ミヤマキンバイ(上)、 エゾニュウの芽生え(下)
えりも町立えりも小学校・中学校(上)、 えりも町郷土資料館内の展示。実際の岩石の薄片を貼り付けて製作してある。(下)
角閃石(上)、 黒雲母片麻岩(下)
かんらん石はんれい岩(上)、 トーナライト(下)
ホルンフェルス(上)、 グラニュライト(下)
緑色片岩(上)、 グラニュライト(下)
かんらん岩(上)、 バスに乗る会員(下)
アポイ岳地質研究所(ジオラボ)。(旧)幌満小学校の校舎を利用している。この石はレルゾライト。(上)、 ハルツパージャイト(下)
ジオラボで見せて頂いたランプロファイアの標本。黒雲母の大きな斑晶が見られる。塩基性の強い玄武岩質のマグマがゆっくり冷えて固まったもの。(上・下)
日高耶馬溪(上・下)
崖の亀裂は2つのプレートがぶつかった日高主衝上断層」の南の一部分。(上)、 沖に長く伸びた岩礁は日高主衝上断層」の南の一部分に沿っている。(下)
沖に長く伸びた岩礁は日高主衝上断層」の南の一部分に沿っている。(上)、 かつてのプレート境界の説明板。(下)
かつてのプレート境界の説明板。(上)、 日高主衝上断層の説明。(下)
日高主衝上断層の説明。(上)、 日高主衝上断層の説明。(下)
海岸の岩(上)、 3つの時代のトンネル(下)
3つの時代のトンネル(上)、 日高耶馬溪の海岸(下)
海の向こうに襟裳岬とアポイ岳が見えました。(上)、 日高耶馬溪の海岸(下)
ルランベツ覆道の褶曲を説明する島田哲也さん(上・下)
ルランベツ覆道の褶曲。緑がかった角閃岩が赤紫色を帯びた褐色の片麻岩に包まれている。(上)、 ヒダカミセバヤとヨモギ(下)
アポイ岳ジオパークとかんらん岩で作られた銘板。(上)、 玄関前の寄せ植え。(下)
ラベンダーの花の造花。(上)、 幌満かんらん岩は大きくて新鮮(下)
ダナイト(上)、 ハルツパージャイト(下)
レルゾライト(上)、斜長石レルゾライト(下)
かんらん石の組成の説明(上)、 日本列島形成の経過(下)
かんらん岩と蛇紋岩の違い(上)、 ダナイトとハルツパージャイトの説明(下)
2種類のレルゾライトの説明(上)、 有色鉱物モード比による超苦鉄質岩の分類(下)
3種類のかんらん岩のでき方(上)、 エンルム岬から見たアポイ岳、吉田岳、ピンネシリ岳(右から順に)。(下)
エンルム岬から見た日高山脈の南端部。中央の尖った山は楽古岳、左端の山は豊似岳。(上)、 様似漁港。(下)
宿泊した「浦河優駿ビレッジAERU」ではまだ桜が咲いていました。ここに限らずえりも町内では各所でまだ桜が咲いていました。
5月24日の行程
乳呑川上流部でランプロファイア産出露頭。(上)、 現地で採取されたランプロファイアの岩石。(下)
乳呑川上流部でランプロファイア産出露頭。(上)、露頭を横切る林道 (下)
浦河町船越のセイコーマートから見た日高山脈。右端が神威岳、左の雪渓が見える山が1839峰。(上)、 三石の海岸砂丘に集まった会員(下)
三石の道の駅前からの日高山脈の眺め。(上・下)
三石の道の駅前からの日高山脈の眺め。(上・下)
ピリカヌプリ(左)と豊似岳(中央)。(上)、 左端がペテガリ岳。右に神威岳。(下)
中央からやや右にペテガリ岳、中央にルベツネ山。(上)、 横山によって日高山脈の主脈が隠れている。(下)
横山中岳などの手前の山によって日高山脈の主脈が隠れている。(上・下)
横山中岳などの手前の山によって日高山脈の主脈が隠れている。
横山中岳などの手前の山によって日高山脈の主脈が隠れている。
軍艦山の東端。(上)、 三石の海岸砂丘に登った会員(下)
社万部(しゃまんべ)山からの日高山脈の眺め(Google-map上に添付されていた写真)
日高三石から見える日高山脈の山の名前(「スーパー地形」による)
三石蓬莱山と蓬莱山公園パークゴルフ場付近の地質図
三石蓬莱山と蓬莱山公園パークゴルフ場。この辺りが神居古潭変成帯の南限。(上)、 三石蓬莱山前の三石川の河原。(下)
緑簾石角閃岩。大きく褶曲している。(上)、 緑簾石角閃岩の近くで取り出された岩石。大きな白雲母の斑晶が見られる。(下)
三石川(上)、 蓬莱山前(下)
蓬莱山の麓(上)、 記念撮影(下)
ニリンソウ(上)、 シャク(下)
ヤマモミジの花(上)、 川をはさんで向こう岸にある小山。女蓬莱山と呼ばれている。岩質は蓬莱山と同じ緑簾石角閃岩。(下)
カキドオシ(上)、 川の向こうの緑簾石角閃岩。(下)
川の向こうの緑簾石角閃岩。(上)、 蓬莱山前の河原にて石ころ拾い。(下)
アクチノライト(緑閃石)。2026年5月20日に三石で会員の伊藤隆幸さんが下見の際に採集されたもの。アクチノライト(Actinolite)は繊維状または柱状の結晶が特徴の鉱物で、角閃石グループに属します。 緑色系の色合いを持ち、クロムや鉄の含有量によって色調が変化します。 名前はギリシャ語の「aktinos(光線)」に由来し、結晶が放射状に伸びる様子にちなみます。 和名では緑閃石(りょくせんせき)と呼ばれます。
三石川(上)、 蓬莱山前の河原にて石ころ拾い。(下)
新冠サラブレッド銀座駐車公園前。(上・下)
新冠サラブレッド銀座駐車公園前。断層によって川が折れ曲がっている。(上・下)
ドウダンツツジ(上)、 新冠サラブレッド銀座駐車公園のトイレ(下)
二風谷コタンの石屋さんと民藝品店(上・下)
岩内鉱山付近の地質図
岩内川。ここは神居古潭変成帯に属している。(上)、 岩内鉱山下の河原でかんらん岩や蛇紋岩を探す会員。(下)
岩内鉱山下の河原でかんらん岩や蛇紋岩を探す会員。(上)、 調査終了。バスに帰る会員。(下)
研修旅行中に採集した岩石標本
目黒トンネルの北側、記念碑前の境浜海岸。花崗岩質の石が多い。
千平岩礁。トーナル岩。
千平岩礁。黒雲母片麻岩。
えりも岬の遊歩道の砂利石中から拾った幌満産のレルゾライト。ガーネット(柘榴石)が溶解した縞が入っている。このような縞状構造をシンプレクサイトと呼ぶそうです。
ジオラボ裏の砂利石から拾ったレルゾライト。
ジオラボ裏の砂利石から拾った斜長石レルゾライト。
ジオラボで頂いたかんらん岩、レルゾライト。
乳呑川上流部で拾ったランプロファイア
三石蓬莱山の緑簾石角閃岩。大きな白雲母の斑晶が見られる。
三石蓬莱山の緑簾石角閃岩。大きな白雲母の斑晶が見られる。
三石川の河原で拾った石。結晶片岩のようだが種類不明。
岩内川の河原で拾った蛇紋岩。
岩内川の河原で拾ったかんらん岩。ダナイト。
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2026年第1回地質講座「幕別町豊岡の長流枝内層と豊頃丘陵の地質」。 The 1st Geo-tour in 2026: "Osarushinai strata in Toyo-oka, Makubetsu and the geological features of Toyokoro hill." on June 20, 2026.
June 20, 2026
6月20日には2026年第1回地質講座「幕別町豊岡の長流枝内層と豊頃丘陵の地質」が行われました。綿密な予備調査を行い、詳細な資料を作成してくださった会員の皆様と現地で分かりやすい解説をしてくださった会員の皆様に厚く御礼申し上げます。
第1回地質講座の全行程
No. 1, 豊岡の長流枝内層露頭
No. 2, 農野牛川昭栄橋下の大樹層露頭
No. 3, 豊頃町牛首別の糠内層露頭
No. 4, 小川の赤石沢
No. 5, 「小川の滝」付近の玄武岩
No. 6, 忠類丸山のコメンド岩
No. 7, 忠類発祥の地
参考資料:豊頃丘陵の仁頃層群
全行程地図(東西 約84km、南北 約56km)
No. 1, 豊岡の長流枝内層露頭
農家さんの私有地であり、牛舎で使うための砂を採取している。
長流枝内層は第四紀の初期約200万年から100万年前に、十勝南部が内湾の海であった頃に堆積した地層である。断面の下部からは貝化石が出ることから、海の底であったことがわかる。断面の半ばでは亜炭が出ることから、湿原状態であったことがわかる。
豊岡の長流枝内層露頭周辺の地図(東西 約3.7km、南北 約2.4km)
豊岡の長流枝内層露頭(上)、 露頭の各場所を観察する会員。(下)
貝化石の包含層。露頭の下の方。(上・下)
露頭の中間部。(上)、 亜炭。(下)
亜炭。(上・下)
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No. 2, 農野牛川昭栄橋下の大樹層露頭
大樹層は珪藻質シルト岩が約500万年前までに堆積した地層である。
湖や湾の底といった流れのゆるやかな場所で珪藻の殻がたまったもの。
農野牛川昭栄橋下の大樹層周辺の地図(東西 約3.7km、南北 約2.4km)
サイト1, 2, 3 付近の地質図
昭栄橋(上)、 昭栄橋から見下ろした農野牛川。(下)
農野牛川の河原と川沿いの崖。(上)、 崩れ落ちた珪藻質シルト岩。(下)
珪藻質シルト岩。柔らかく簡単に割れます。(上・下)
昼食休憩
豊頃物産直売所
豊頃物産直売所(上・下)
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No. 3, 豊頃町牛首別の糠内層露頭
糠内層は大樹層より後の時代により浅い海底に堆積した細粒砂岩とシルト岩の互層である。
堆積物表面に動物が這い回った生痕化石がみられた。
豊頃町牛首別の糠内層周辺の地図(東西 約3.7km、南北 約2.4km)
岩が崩れ落ちた糠内層露頭。(上)、崩れ落ちた大きな岩の塊。 (下)
崩れ落ちた大きな岩の塊。(上)、 海の底を這っていた動物の生痕化石。(下)
海の底を這っていた動物の生痕化石。(上・下)
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No. 4, 小川の赤石沢
十勝忠類層群下層の赤石沢層に相当する。チャートと石灰岩が密着して産出することから、付加体の地層であることがわかる。
チャートは熱変成により赤碧玉(ジャスパー)に変化している部分がある。石炭や淡水の貝化石も産出する。1600万年から1400万年前に堆積したもの。
小川の赤石沢と小川の滝周辺の地図(東西 約3.7km、南北 約2.4km)
サイト4, 5, 6 付近の地質図
小川と林道。(上)、 見学地点に向かう会員。(下)
石炭。(上)、 チャートと石灰岩が癒着した石。(下)
石灰岩。(上)、 チャートの部分。(下)
砂防ダム。(上)、 林道の橋。(下)
クリンソウ。(上)、 ウツボグサ。(下)
クマが獲物を襲って引きずった痕。(上)、 バスに帰る会員。(下)
赤石沢で拾った赤色のチャート。ジャスパー化した部分や石英が析出した部分がある。
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No. 5, 「小川の滝」付近の玄武岩
十勝忠類層群上層の当縁層に相当する。1400万年から1300万年前に堆積した海洋地殻の玄武岩。玄武岩の割れ目には石英が析出して玉髄状になっている。他に流紋岩、溶結凝灰岩も産出する。
玄武岩を主体とする河原。(上・下)
断層模型で豊頃丘陵の中心部分の地層が古い理由を説明する乙幡さん。(上)、 玄武岩中の石英の玉髄(下)
玄武岩を主体とする河原。(上・下)
玄武岩中の石英の脈と玉髄。(上・下)
トイレ休憩
駒畠公民館
駒畠公民館(上)、 駒畠交差点。(下)
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No. 6, 忠類丸山のコメンド岩
十勝忠類層群上層の当縁層の南側の一部分に相当する。コメンド岩は過アルカリ質の流紋岩溶結凝灰岩でありナトリウムやカリウムに富んでいる。非常に古い時代に北海道の他の火山帯とは独立して起こった火山活動によって生成したものである。
忠類丸山周辺の地図(東西 約3.7km、南北 約2.4km)
丸山頂上の熊注意看板(上)、 丸山頂上の会員(下)
コメンド岩で作られた丸山神社の石。(上)、 頂上付近に落ちていた石。(下)
頂上展望台からの眺め。(上・下)
頂上展望台からの眺め。(上・下)
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No. 7, 忠類発祥の地
明治27年に群馬県出身の岡田新三郎氏が最初に忠類の開拓を始めたことを記念して記念碑が建てられた。記念碑もコメンド岩で作られている。
忠類発祥の地記念碑。(上)、 コメンド岩に関する説明。(下)
巡検の最後に会員の伊藤隆幸さんから頂いたコメンド岩の標本
最終休憩地
忠類道の駅
忠類道の駅(上)、 丸山(下)
参考資料:豊頃丘陵の仁頃層群
日本地質学会編 日本地方地質誌1 北海道地方、p. 62-63 (新井田清信 著)から引用
十勝平野の南東部にあたる豊頃町南部および豊頃町・幕別町・大樹町の町界付近は、なだらかな丘陵地形を示し、豊頃丘陵と呼ばれている。この丘陵地域には新第三系中新統が分布するが、その中央部にはドーム状ないし地塁状に中生界豊頃層が露出している(宮坂・菊池, 1978; Yamaguchi, 1982)。その露出範囲は、大川および小川の最上流部周辺と当縁川の最上流部で、東西およそ2 km、南北10 kmに及ぶ。露出の東縁はNNW-SSE方向の断層で境され、新第三系中新統の大川層群と接している。西側も同様に、N-S方向の断層をはさんで大川層群が分布する。新第三系中新統当縁層群に不整合に覆われる。
豊頃層は、おもに玄武岩質の枕状溶岩・ハイアロクラスタイトおよび火山砕屑性のシルト岩・泥岩からなり、赤色〜灰色チャートや石灰岩を挟む。一部に赤色層状チャートやチャートと石灰岩の互層も認められる。これらの地質構成は、主要岩相の緑色岩類で特徴づけられ、サロマ湖南部に分布する常呂帯の仁頃層群の地質構成に類似する。
緑色岩類の一般走向は、ほぼ南北からN30°W、多くの露頭で地層は急立し、全体的に東に傾斜する。露出は東西2 kmに及ぶものの、緑色岩は著しく剪断されており、その層序は明らかでない。層厚は、見かけのうえで1500m以上である。これまで、豊頃丘陵の中生界から化石の報告はなく、地質年代は不明である。岩相の特徴からは、常呂帯北部サロマ湖周辺の仁頃層群と同様に、ジュラ紀〜白亜紀前期の海山の断片を含む白亜紀付加体であると考えられる。
日本地質学会編 日本地方地質誌1 北海道地方、5. 新第三紀の島弧会合部の地質体 p.218より引用
b . 豊頃丘陵地域
豊頃丘陵の新第三系は、下位から中部中新統下部の十勝忠類層群 (山口・佐藤,1989)・中部中新統中~上部から上部中新統下部の大川層(鬼味,1962: 山口,1970)・上部中新統中~上部の牛首別川層群(Yamaguchi,1982)・鮮新統の十勝層群(三谷ほか,1958:松井・松澤, 1985)からなる。
十勝忠類層群は、下位から赤石沢層(山口・佐藤,1989)と当緑層(Yamaguchi,1982)に区分される。
赤石沢層(層厚10~30 m)は陸成~浅海成の泥岩・砂岩・礫岩からなり、レンズ状の炭層を含む 。Ostrea sp. などの汽水生貝化石や Cipango paludina sp. などの淡水生貝化石を含む(山口・佐藤,1989:橋本,1955)。
当縁層(層厚約70 m)は、陸成の玄武岩質~流紋岩質火山噴出物(玄武岩熔岩のK-Ar年代:16.9 Ma;山岸ほか,1990)からなり、コメンド岩熔結凝灰岩(K-Ar年代:15.1 Ma;柴田ほか,1975)を含む(山口・佐藤,1989)。
北海道中央部の十勝地域の地質対比図
日本地質学会編 日本地方地質誌1 北海道地方、同上 p.217より引用
北海道中央部の十勝地域の地質図
北海道中央部の十勝地域の地質断面図
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第2回地質講座で浦幌丘陵の地質を観察。 Observing the geological sites in Urahoro hill area joining the second Geo-tour in 2026.
July 12, 2026
7月12日は十勝の自然史研究会のバス見学(第2回地質講座)に参加し、浦幌丘陵の南の端からほぼ北の端までの地質を観察しました。南の端は厚内付近で、丘陵が太平洋の波に削られているあたりです。昆布刈石展望台付近では黄金の滝を崖上から観察し、厚内トンネルの東出口付近では白糠層(約500万年前)と厚内層(約900万年前)が重なる大きな崖を下から観察しました。どちらの場所は過去に車で通り過ぎたことはありましたが、現場に降りて見たのは初めてでした。その後は上厚内の厚内川の河原で石灰岩質の地層からシロウリガイなどの珍しい貝の化石を探し、浦幌道の駅や浦幌博物館に立ち寄ったあとは、留真温泉のさらに北の留真川の河原で玄能石という炭酸カルシウム質の石を探しました。どちらの現場でも私は化石や鉱物を見つけて採取することはできませんでしたが、見つけた人たちもいました。留真川沿いではマイマイガの被害とオオハンゴンソウの繁茂が著しかったです。全ての見学場所で雨に降られずに幸いでした。百年記念館に帰ってきたときには激しい雨になっていて、そこからは雨具を着て自転車で帰りました。
第2回地質講座の全行程
No. 1, 黄金の滝 ① 厚内層群の頂部
No. 2, 厚内トンネル東側の崖 ② 厚内層群の厚内累層と白糠累層を観察
No. 3, 上厚内の厚内川の河原 ③ 音別層群縫別層の貝化石
No. 4, 浦幌道の駅、浦幌博物館
No. 5, 留真川上流 ④ 音別層群大曲層の玄能石産出場所を観察
No. 6, 池田ワイン城でトイレ休憩。
No. 7, 参考資料:浦幌-厚内地域の地質
各見学地点を黄金の滝①、厚内トンネル東側の崖②、上厚内③、留真川上流④で示した。
黄金の滝、 厚内層群の頂部
サイト1, 2, 3 付近の地質図
黄金の滝①、厚内トンネル東側の崖②
百年記念館の近くにいたエゾリス。(上)、昆布刈石展望台付近の黄金の滝の上。(下)
黄金の滝の崖。上部は中新世約500万年前の厚内層群白糠累層に属する。(上・下)
チシマフウロ。(上)、崖の上に咲くチシマフウロと果敢な人たち。(下)
マキヤマチタニイという海綿質の白い化石が挟まれている石。石自体は珪藻が層状に固まったもの。(上・下)
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厚内トンネル東側の崖、 厚内層群の厚内累層と白糠累層を観察
厚内トンネル東側の崖②
昆布刈石展望台付近でバスの車窓から見た厚内トンネル。(上)、厚内トンネル東側出口付近の崖。このトンネルができる前には道路は岬の突端の海岸縁を通っていて、短く狭いトンネルを潜っていました。その旧トンネルの西側出口付近には「窓岩」と呼ばれる大きな石があって、上の写真の岬の突端付近に今も残っています。(下)
昆布刈石展望台付近でバスの車窓から見た厚内トンネルとその海岸寄りにあった旧道、旧トンネルおよび窓岩。
トンネルの上の崖。(上)、上部は白糠累層、下部は厚内累層。白糠累層は、歴舟川中下流部や豊頃丘陵の農野牛川周辺で観察された大樹累層と同じ時代に同じ仕組みで堆積したものです。大樹累層・白糠累層は十勝平野が深い外海であった800万年から500万年前頃の地層で、十勝南部に広く分布し、多くは珪藻の殻からなる灰色シルト岩で、層厚は600m以上と推定されています。大地が語る十勝の自然史59ページより。(下)
上部は白糠累層、下部は厚内累層。縞模様が発達した厚内類層は、砂岩と泥岩の互層(タービダイト層)です。大地が語る十勝の自然史34ページより。(上)、崖下に落ちていた珪藻質の薄い岩板。これは上部の白糠累層から崩れ落ちてきたものと思われます。(下)
地層の不連続面。(上)、平に重なった薄い砂層。下部の厚内塁層。(下)
海岸寄りに咲いていたセリ科の花。(上)、厚内駅を出発してきた普通電車。(下)
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上厚内の厚内川の河原、 音別層群縫別層の貝化石
上厚内の厚内川③
国道とJRの鉄橋。(上)、厚内川。(下)
厚内川。(上)、貝化石が出る付近。古第三紀漸新世約3000万年前の音別層群縫別累層の地層。(下)
シロウリガイなどの化学合成群集の貝類化石が産出する。嫌気性細菌と共生してメタンや硫化水素からエネルギーを得ていた。(上)、縫別累層の崖。(下)
縫別累層の崖。(上)、マタタビ(コクワ)の木と葉。マタタビの実はクマの好物。(下)
厚内川での見学を終えて帰る会員さんたち。国道の橋とJRの鉄橋が並んでかかっています。(上)、ヒメフウロ。石灰岩性の土地を好む植物とのことです。(下)
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浦幌道の駅、浦幌博物館
道の駅の前の駐車場広場に咲いていたノハラムラサキ(上)、コウリンタンポポ(下)
浦幌博物館にて。縄文土偶の展示用教材。(上・下)
浦幌博物館にて。コロナ流行時の記念。(上・下)
留真川上流、音別層群大曲層の玄能石産出場所を観察。
留真川上流(大縮尺)④
留真川上流(詳細地図)④
サイト4 付近の地質図
留真川沿いの道東林道。林道から見える林床にはおそらくシカによる食害で低木や草が少なく、オオハンゴンソウとクリンソウのみが繁茂していました。また、広葉樹の木の葉はマイマイガに食べられてスカスカの状態になっていました。(上)、クリンソウの大群落。クリンソウには毒性があってシカが食べないのでこのような大群落になったのでしょう。(下)
留真川の河原。この付近の地層は、厚内川の縫別層よりも古く、音別層群茶路累層大曲砂岩層に属します。縫別層を含む音別層群は古第三紀漸新世(3500〜2300万年前)の地層で、浅海から次第に深くなっていく過程の岩相を示しています。下位の大曲層は、礫を含む浅海の砂岩層です。大地が語る十勝の自然史33ページより。(上)、河岸に生えるサワシバの木。マイマイガに葉を食べられて実だけが残っています。(下)
貝化石を発見したOさん。(上)、玄能石産出場所に向かう会員さんたち。(下)
サワシバの実を食べるマイマイガの幼虫。葉はほとんどすべて食べられて無くなっていました。(上)、玄能石が産出する崖。(下)
玄能石が産出する崖。(上)、玄能石を包含する丸石。コンクリーション。(下)
崖の石の上を這うマイマイガの幼虫。(上)、玄能石。低温の海底で炭酸カルシウムが結晶化したもの。説明してくださった会長さんの手です。(下)
玄能石がたくさん出る崖ですが川が深い場所なので近寄れません。(上)、貝化石を発掘するOさん。(下)
留真川の河原。(上)、留真川の河岸の樹木類。(下)
クリンソウ。(上)、ミゾホオズキ。留真川の河原で。(下)
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池田ワイン城でトイレ休憩。
池田ワイン城から西の方向の景色。帯広方面には厚い雨雲。帰り道のトイレ休憩にて。(上・下)
参考資料:浦幌-厚内地域の地質
浦幌5万分の1地質図説明書より引用
第1表 層序表
古第三紀の地層・地質
日本地質学会編 日本地方地質誌1 北海道地方、3.6 釧路炭田と北見地域 p.111より引用
音別層群は茶路層と縫別層からなる海成層(棚井,1957)である。茶路層は基底部の大曲砂岩部層と茶路シルト岩部層の2部からなる(棚井,1957; 佐藤ほか, 1961; 水野・百石, 1960など)。下位の浦幌層群尺別層とは軽微な平行不整合(棚井,1957)もしくは整合関係にある(水野・百石, 1960; Matsui, 1962)とされる。海保(1983)およびKaiho(1984b)は底生有孔虫化石の対比から茶路層下部を幌内層上部に対比し、始新統と漸新統の境界付近とした。また、茶路層上部と縫別層を下部漸新統としている(図3.1.2)。
茶路層大曲砂岩部層(棚井,1957)は基底に含礫粗粒砂岩をもち、上方に向かって次第に粗粒化する。層厚は数m-80m。貝化石を多産する。尺別層の内湾環境から海進によって外洋へ変化するさいの堆積物と考えられる。主体をなす茶路シルト岩部層は、塊状シルト岩と薄層の砂岩層からなる。層厚は最大450m(棚井,1957)。海生貝化石を含み、生物擾乱をうけている。このことから、波浪の影響を受けない外側陸棚などの環境で体積したと考えられる。茶路層は体積盆が一気に陸棚まで深化したことを示している。
縫別層は砂岩層主体の地層で、茶路層のシルト岩から砂岩層の挟在割合が増えることによって整合漸移する。砂岩は凝灰質で安山岩片に富み、黒色を呈するものがある。生痕化石や貝化石を産出し、茶路層同様、波浪を受けない陸棚での堆積が推定される。岩相の違いは多量の粗粒火山岩片や凝灰質物質が供給されたことによっておこったと推定される。上部漸新統の上茶路層や布伏内層に不整合におおわれる(図3.1.2)。
p.98の図3.1.2 は北海道中部と東部を含めた大きな図なのでここでは引用しないが、音別層群は3,500万年前から3,200万年前にかけて堆積している。そのうち、下部の3,500万年前から3,300万年前にかけてが茶路層、3,300万年前から3,200万年前にかけてが縫別層である。
新第三紀の地層・地質
日本地質学会編 日本地方地質誌1 北海道地方、5. 新第三紀の島弧会合部の地質体 釧路炭田と北見地域
5.4 北海道東部、c. 浦幌-厚内地域 p.227-229 より
この地域の新第三系の層序区分にはいくつか異なる見解がある。ここではおもに多田・飯島(1986)の層序区分に従い、岩層についてはおもに田中ほか(2004)に基づいて説明する。本地域には下位より漸新統最上部−下部中新統の時和層・中部中新統下部−中部のオコッペ沢層・中部中新統上部の直別累層・上部中新統最上部−鮮新統の白糠累層に区分され、全体として厚内層群と一括されている。中新統と鮮新統の境界は白糠累層内に、それぞれ設定される。
時和層(最大層厚1090m; 多田・飯島, 1986)は漸新統音別層群を不整合でおおう。基底礫岩にはじまり、下位から砂岩珪質珪岩互層・珪質珪岩・塊状シルト岩の順に重なる。
オコッペ沢層(最大層厚680m; 多田・飯島, 1986)は、海緑石砂岩にはじまり、砂質シルト岩・中粒砂岩・珪質珪岩互層の順に重なる。下部の砂岩に、厚内動物群(Amano, 1986)が産する。本層の基底付近から、海生哺乳類アロデムス類が産した(澤村ほか, 1994; 田中ほか, 2004)。
直別累層(最大層厚580m; 多田・飯島, 1986)は安山岩質火砕岩にはじまり、おもに珪質シルト岩ないし珪質頁岩からなる。
厚内累層(最大層厚450m; 多田・飯島, 1986)は珪質シルト岩・凝灰質砂岩の互層からなる。
白糠累層(最大層厚700m; 佐々, 1953)は塊状凝灰質シルト岩からなる。
厚内層群の各層はほぼ整合一連であるが、白糠累層基底は軽微な傾斜不整合であるとする見解がある(佐々, 1953)。また秋葉・一ノ関(1983, 1984)は珪藻化石層序に基づきオコッペ沢層内に約400万年の時間間隔があるとし、同層を下部の石井沢層と上部の静内層とに二分した。田中ほか(2004)は、この時間間隔の根拠とされた化石帯の欠如は岩相による珪藻化石の無産出のためであり、オコッペ沢層中に堆積間隙を示す積極的な証拠はないとした。
厚内層群の年代はおもに珪藻化石層序によって与えられている(秋葉・一ノ関, 1983, 1984; 多田・飯島, 1986; 田中ほか, 2004)。
これまで確認された珪藻層序帯は、Thalassiosira fraga帯(時和層上部; 田中ほか, 2004)、Cruscidenticula sawamurae 帯(同上)、C. Kanayae 帯(時和層最上部−オコッペ沢層下部; 多田・飯島, 1986; 田中ほか, 2004)、Denticulopsis praelauta帯(オコッペ沢層下部; 田中ほか, 2004)、D. lauta帯(田中ほか, 2004)、D. hyaline帯、D. praedimorpha帯(以上、オコッペ沢層; 多田・飯島, 1986; 田中ほか, 2004)、Thalassiosira yabei帯(オコッペ沢上部−直別累層下部; 多田・飯島, 1986)、Denticulopsis dimorpha帯(直別累層; 多田・飯島, 1986)、Thalassionema schraderi 帯、Rouxia californica 帯、Neodenticula kamtschatica 帯下部(以上厚内累層; Akiba, 1982)、N. kamtschatica – N. koizumii帯(白糠累層; 多田・飯島, 1986)である。
田中ほか(2004)は、時和層最上部−直別累層の区間が4つの堆積シーケンスに区分でき、これらの堆積シーケンスが基本的に陸棚域で形成されたもので、海水準の低下期に前進するデルタの影響を強く受けた堆積物であると解釈した。
日本地質学会編 日本地方地質誌1 北海道地方、同上 p.226より引用
左: 白糠-津別地域の地質図、右: 白糠-津別地域の地質対比図
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